約 1,207,132 件
https://w.atwiki.jp/fleshyuri/pages/21.html
イース死亡寸前 「待って、せつな。私まだ、答えを聞いていないことがあるよ」 「……答え」 「せつな、私のこと好きって、愛してくれてるって、言ったよね? それも嘘なの? 全部お芝居なの? 教えて、せつな」 「……本当よ。ずっと好きだったの。貴女が」 (ラブその言葉に目を見開く) 「でも私の好きは、ラブの好きとは違うの。ラブは私の一番で、本当のお姫様で、私を優しく照らしてくれるお日様。 月は太陽があるから輝くことができるの。誰よりも美しく輝きたいと、そう思えるの。 ただ、貴女に見て欲しかったの。……こんなこと、言ってはいけないのに。 私ひとりの胸の中にだけしまっておこうって、決めてたことなのに。ごめんなさいね、ラブ」 「私もだよ、せつな」 (手をとるラブに驚くせつな) 「私も、せつなが好き」 「ありがとう。ラブは優しいから……とても優しいから、そう言ってくれるんじゃないかなって思ってたわ。でもね…… 私はラブが思ってくれてるほど立派じゃない。恐がりで嘘つきで、ラブ、きっとがっかりするわ」 「がっかりなんてしないよ」 「私、ラブを抱きしめて、キスしたいって、思ってるのよ? 女の子なのに」 「せつなとなら、したいよ」 「私はラブを傷つけて、ひどいことをたくさん、たくさんしたわ」 「それでもいいよ、私」 「いいえ、私はラブを殺した。殺したのよ。そんな私にラブを愛する、愛される資格なんかない。許されるはずがないのよ。私、私は……」 (ラブ、せつなの顔を引き寄せ口づける。抱き合う2人) 「せつな、私、やっとわかった。せつなは天使でも悪魔でもなかった。大好きな人とすれ違っただけで、言葉を交わしただけで、 胸のドキドキが収まらないくらい嬉しくて。でも嫌われたらって思っただけで、夜も眠れないほど不安になって。 私と同じ、14歳の女の子だったんだね。なのに私、そんなこと全然考えなかった。せつなが強いから、優しいから。 ただ受け止めてもらって、甘えて、自分のことばかり。……つらくて、悲しくて、でもいっぱい我慢して。 大事なものも、大好きなものも全部捨てて。せつなが一番苦しんでたのに……」 (せつなに縋りつき、とめどもなく涙を流すラブ) 「私、せつなのことをずっと独りぼっちにしてたんだね。ごめんね。もう私のために我慢なんかしないで。 つらいこと、苦しいこと、どんなことでも私に分けて。せつなと一緒なら、なにがあったって平気。がんばれるから。 お日様は、お月様があるから輝くんだよ。笑顔になれる。元気になれる。お月様が輝き方を教えてくれるから、 もっともっと輝きたいってがんばれるの。お月様のために、私、ずっとずっと月を照らし続ける。せつなのラブになりたい」
https://w.atwiki.jp/fleshyuri/pages/705.html
夏希◆JIBDaXNP.gさんから皆様へ 1、競作を作られて、なぜ、そのカップリングにしたのですか? 『二人の距離』→僕がデビューしたての頃が、ちょうどクリスマス競作をやっている最中でした。 いつか自分も書いてみたいと思いました。それでデビュー作の美希せつで今回は挑戦してみようかと。 ラビリンスから愛を込めて→本編に準拠したせつな帰還設定のSSも書いてみようと思いました。 当時、せつながラビリンスでどう過ごしているのか、四ツ葉町に戻る気があるのか答えが出せなかった。 それで、あのような手段を取りました。今なら違った話が書けたと思います。 「まったく、もう!」→豊かな感性で書かれた由美っちさんの『どして?』の3次創作となります。 2、描いて見た自分の感想をどうぞ! 前回は参加すら出来なかった。今回は参加できただけってのが正直な感想です。 視点の使い分け。感情の挿入方法等、問題点がはっきり見えたので、次回の競作に生かしたいと思います。 3、もし貴方がクローバーのメンバーだったとしたら、誰に本命チョコあげますか? (逆パターンでも可・貰う側として) せつなが登場するからフレッシュが好きっ! て僕には聞くだけ野暮かとw 同志たちへのメッセージ(最終回を経て・今後の活動等) 良いSSを書くのは難しいです。僕も全然出来ていません。でもSSそのものは誰にでも書けます。 書くほどに慣れます。速くもなるし、(以前の自分よりは)上達もします。皆さんも一緒に書きませんか。 ◆lg0Ts41PPYさんから皆様へ 1、やはり自分の原点はラブせつだと思うので。愛のイベント!となると 書くのはこのカップルでしか考えられませんでしたね。 2、自分は視点の切り換えが下手なんですよね。 わざと曖昧にする時もあるけど、複数の視点を同時に書くのが苦手…。 もうちょい精進したいもんです。 3、なってみたいのは美希たんかな。すごく魅力的な子だと思うんで。 端から見たら完璧なハイスペックなのに、複雑な家庭事情とか、 実は努力家な所とか。 努力して着実に夢をモノにするって言うのを一番やってのけそうなんですよね。 自分はチキン野郎なんで傲然と頭を上げて「アタシ完璧!」とかやってみたいw 読んでくれた方へ。 自分の中でまだまだフレプリへの情熱は冷めてないんで! これからも書きますよ。マジでフレプリは自分の人生の一部を変えてくれました。 彼女たちへの感謝を忘れず、尚且つ自分オリジナルな物も書いていけたらと 思っております。 恵千果◆EeRc0idolEさんより皆様へ 1、競作を作られて、なぜ、そのカップリングにしたのですか? 1本目:ラブせつは王道。裏返せば美希ブキも王道。書くのはこのCPを自分なりのバレンタインで、と決めてました。 せつなの帰還はあえて無視w して書いたのを覚えています。 2本目:せつな帰還後のバレンタインを書きました。 遠い空のもと、お互いにいつまでも繋がりあっていてほしい。そんな思いをこめて。 あと、投下時にも書きましたが、とあるお二方に捧げて書いています。 その気持ちには今も変わりありません。 また、注意書きで不足しているところがあり、ご迷惑をかけました。 補足で注意書きを促して頂けるとありがたいです。 3本目:最近の帰還エンドのせいでしんみりした空気を、あえて読まずに競作での初エロを投下しちゃいました。 裏の顔が見たいと言ってくれたあなた、実はこっちが自分の表なんだw あと、このタイトル、とある方につけていただきました。ありがとうね。 2、描いて見た自分の感想をどうぞ! 色んなシチュで書いたせいか、余計に面白かったです。 自分ひとりでもこんだけのバリエーションつけれるフレプリの威力を改めて感じました。 3、もし貴方がクローバーのメンバーだったとしたら、誰に本命チョコあげますか? (逆パターンでも可・貰う側として) クローバーは愛でる対象なので、自分がなるというよりも、全員に逆チョコを配りたいw 読んでくれた同志たちへのメッセージ 自分ひとりでは競作1本目で終わってました。 3本書けたのは皆さんのおかげです。 そして、自分の拙い文章を読んでくれた方が、少しでも何か思ってくれるとしたらこんな嬉しいことはありません。 これからも、新しい書き手さんがどんどん増えることを願っています。 ◆BVjx9JFTnoさんから皆様へ 1、競作を作られて、なぜ、そのカップリングにしたのですか? 今回は特に「これっ!」というテーマは無くて、ぼんやりとWebの バレンタイン特集とかを見ていて、最終回を見返して涙しつつw、 浮かんだそばから書きました。 3本投下させてもらいましたが、ちゃんとしたカップリングは1本だけw やっぱり想いを一番込めやすいのはラブせつでした。 2、描いて見た自分の感想をどうぞ! 1本目は、かわいいあゆみさんを書きたいというのが起点でした。 お父さんのためにチョコレートを作ってる姿を見て、余裕のフリをしながら 実はちょっと本気のあゆみさんをイメージしました。 2本目は、ラブせつのシンクロものが好きなのでつい。 部屋と部屋の間で、本命チョコを交換という理想的な光景をイメージしました。 同 居 万 歳 3本目は、最終回で余裕の表情を決めているmktnを見て 初舞台は緊張したんじゃないかなという想像が起点です。 プレッシャーに効くのは、やっぱり大切な友達の応援かなと。 3、もし貴方がクローバーのメンバーだったとしたら、誰に本命チョコあげますか? (逆パターンでも可・貰う側として) メンバーというよりは、カオルちゃんのようなポジションで みんなが集まってるところに、「はいどうぞ」と振る舞いたい。 そして、おいしい笑顔をひとりじめしたい...おっとこんな時間に誰か来た 同志たちへのメッセージ(最終回を経て・今後の活動等) 最終回の、ダンス大会優勝からのシーンは名作だと思います。 歌が続いたまま、切り取るように場面を繋いで、せっちゃんの言葉も 視聴者の想像に任せるという、心に残る最終回でした。 喪失感ハンパないですが、その分想像も膨らみます。 これからも、浮かんだそばから垂れ流させてください。 十和◆tb5qVrAOS.さんから皆様へ 1、競作を作られて、なぜ、そのカップリングにしたのですか? 『チョコと願いと……落とし穴』 後書きにも書きましたけどラブせつ分を補給する為に書いたわけです。主に自分が。 その結果全編に渡ってひたすらイチャつくだけになりましたが。 『聖なる日を赤く染めて』 クリスマス競作でウケが良かったネタを懲りずにまたやってみました。 それだけですよ? 決してこーゆージャンルが好きなわけじゃないですよ? カップリングについては……ジャンル:百合、ラブせつオンリーですので。 2、描いて見た自分の感想をどうぞ! 一本目についてはもっといろいろ盛り込めたかなあと思ったりもしますが 流石に倍の長さになったら顰蹙ものですよねw 二本目についてはラブさんせっちゃんごめんねと。 で、毎回いろいろな書き方を試してはいるんですけど まだまだ自分の文章を確立できてないなあというのは実感しますね。 3、もし貴方がクローバーのメンバーだったとしたら、誰に本命チョコあげますか? (逆パターンでも可・貰う側として) せっちゃん→ラブ。 明らかにチョコを欲しがってアプローチしてくるラブさんを振り回しつつ、 もう貰えないんじゃないかって不安な気持ちで一杯になった14日の23 55頃に 超特大の本命手作りチョコをあげるという小悪魔モードで。 あ、このネタでSS書けば良かったんだ……じゃあ来年の競作でということでw 同志たちへのメッセージ(最終回を経て・今後の活動等) 本編は終わってしまいましたが、私にとっての最終回は当分先のようです。 自分にとってのラストシーンを書く事になるまでは、 フレッシュプリキュアのSSを書き続けていく事になるかと思います。 というわけで、職人の皆様、読み手の皆様共に今後ともよろしくお願い致します。 一路◆51rtpjrRzYさんから皆様へ 1、競作を作られて、なぜ、そのカップリングにしたのですか? クリスマスで書けなかったのと、某ブキさんの美希ブキ読んで素敵無様な美希たん無性に書きたくなったのでw ネタ的にも美希たん視点以外に想像できなかったし……。 2、描いて見た自分の感想をどうぞ! 自分の感想……なんだろう。書いてる最中、美希たんが可哀想過ぎて泣きそうになったとか……。 お笑いネタのつもりだったのに泣きそうとかアレなんですけど……美希たん不憫すぎる……だがそれがいいw あー、斜め上とか感想言われたのは光栄ですw 3、もし貴方がクローバーのメンバーだったとしたら、誰に本命チョコあげますか? (逆パターンでも可・貰う側として) ブッキーかなあ。それか今回のみたいに美希たんにだけあげないで反応を窺いたいw 読んでくれた同志たちへのメッセージ フレプリは終っても妄想やSSはきっと尽きないってわたし信じてる!まだまだ色んな年中行事も残ってますしね。 これから新しい書き手さんが増えていく事も、一読み手として楽しみにしてます。 ◆SLxEq3fFMcさんから皆様へ 1 [小さな箱のメッセージチョコ] ラビリンスに帰還するせつなが、お世話になった人たちへチョコを贈る・・・がテーマです。 [ええ嫁はん] 保管屋さんの感想1行から出来た小ネタです。 2 [小さな箱の…] 作中に登場した「ベリー・パッション味」のチョコ、SSを書くにあたって最高の燃料でした。 サブキャラのその後というのも書いてみたかったので、駄菓子屋ばあさんとタケシ君をバレンタインに絡めた結果このような話が出来た訳です。 源吉さんにお供えしたのは、やりすぎでしたかね。(苦笑) ラブはこんなことするイメージじゃないと見られそうですが、きっと裏では。 最後のスウィーツ王国&ラビリンスにもバレンタインデー、これは実現してほしいですね。 [ええ嫁はん] タルトの一言→一同大笑いをどうつなげるか色々試して、結局知らぬはタルトばかりなりというオチになりました。 タル&アズの口調は、現地人でないので適当ですwすみません。 3 料理が得意な場面が無いといわれるブッキーが、一生懸命作ったチョコを美希ちゃんにあげる。 そして、チョコの見た目や味を美希ちゃんに褒められたいですね。 同志たちへのメッセージ(最終回を経て・今後の活動等) 読んでくれた方、感想をくれた方、どうもありがとうございます。 自分の中ではまだまだ妄想・ネタはありますので、今後も投下したいと思います。 ただ遅筆な点と、構想になかなか時間が割けないのが悩みです。幼稚園話も未完ですし。 あと、自分の作品では美希たんの描写が薄いですね。いずれは美希たん主役のSSを書きたいです。
https://w.atwiki.jp/apgirlsss/pages/359.html
第28話 月の裏側 耳に心地好く響くせつなの声。 それは、まるで心を内側から羽毛で撫でられているよう。 美希を優しいと言うせつな。 たぶん、面と向かって美希をそんな風に評したのは せつなが初めてではないかと思った。 優しく無い、とは今までも思われてはいないとは思う。 しかし、それは美希を表す単語としては、必ずしも上位にある言葉ではない。 上に来るのは、しっかりしてる、大人びてる、気が強い。 親しい相手には、案外抜けてる、なんて言われる事もある。 しかし、情には厚い方だと自分で思っていたりもするが、 『優しい』なんて丸く柔らかいイメージは持たれていない。 他ならぬ、美希自身がそう振る舞って来たのだから。 そんな言葉が似合うのは、いつもふんわりとした微笑みを浮かべている祈里。 いつもお節介なくらいに他人の為に走り回っているラブだ。 美希の役回りは叱ったり励ましたり。 どちらかと言えば喝を入れてしょげた相手を奮い起たせる方だ。 上手くは行かない時もあったけれど。 「アタシは優しくなんかない。せつなはあんまり優しくされた事ないから、 アタシなんかでも優しく見えるだけよ」 「…それも随分な言い方よね。私の感じ方なんて当てにならない?」 「でもっ、それは、せつなの見方が変わっただけでしょ? アタシのやった事は何も変わってない!」 「それのどこがいけないの?」 「だって!そんなのっ……」 「美希だってそうでしょ?」 「……?!」 「私だって、変わってないわ。美希の見方が変わっただけ」 「…………」 「今の私を見てるから、昔の私も引っくるめて、親友だって言ってくれる。違う?」 「…じゃあ、せつなは?なんでアタシを親友だって言うの? アタシ、せつなにそんなに好かれるような事、した?」 言ってて気が付いた。 本当にそうだ。自分は、親友だと言いながらせつなの為に何かした事があっただろうか。 口だけだ。一人にはしないなんて。 いつだって、せつなの為に必死になっていたのはラブだけだ。 自分はラブに引きずられていただけ。 ラブがこんなにも想ってるんだから、そう、美希はラブの為に走り回っていただけ。 せつなの為では無かった。 それを思うと、たとえ傷付け汚しても、剥き出しの想いをぶつけた 祈里の方が真摯にせつなに向き合っていたようにすら感じる。 結局、自分の事しか考えて無かった。 居心地の良かった棲みかを追われる事に脅えていただけだった。 これ以上せつなに傷付いて欲しくない、そう言いながら、 四人でいるのを望んでいるのは自分自身だとせつなの口から聞かされ、 その事に膝が砕け、崩れ落ちたくなるくらいに安堵していた。 「今、こうして、一緒にいてくれてるわ」 止めどなく溢れる美希の涙を指先で拭いながら、せつなは一語一語を はっきりと句切るように美希に告げる。 「自分が辛い時に、一緒にいる相手に私を選んでくれた。 そんな風に感じるのって自惚れてるかしら…?」 「………せつな…」 「いつだって、美希は必死に考えてくれてた。どうすれば、みんなが 笑って過ごせるのか。勝手にしろってそっぽを向く事だって出来たのに」 半ば呆然とせつなを見つめる。 せつなの中の美希はどんな姿なのか、未だに美希には掴めない。 だけど、優しい、と言う評価に少しだけ意地悪を言ってみたくなった。 今まで美希に付いてまわった評価では、優しい、と言うのはあまり記憶に無いから。 「ねえ、せつな。せつなは知らないかもだけど、こっちの世界では 『優しい』って、結構ビミョーな評価なのよ?」 「どう言う意味?」 「あのね、毒にも薬にもならないって言うか、いい人だけど 他に魅力が無いって言うか…」 「…………」 「なんて言うの?他に誉め言葉が思い浮かばない時に使う、 ある意味便利で無難な言葉だったり、酷い時だと優柔不断を 紙一重でマイルドにした感じ?…」 「………こちらの言葉の使い方って複雑なのね……」 せつなは呆れたようにため息をつき、改めて真っ直ぐに美希に向き合う。 至近距離で見つめ合っても、およそ欠点など見つけられない完璧な笑顔。 美希はぼうっとしたまま、今の自分はかなり間抜けな顔を晒しているのに、 そんなに可愛く微笑むなんて不公平だ、などと緊張感の無い事を 思わず考えてしまった。 「いい?美希は優しいわ。少なくとも、私はこれから先、美希以外の人に 『優しい』って言う表現は使いたくない」 「………」 「そのくらい、美希は優しい人だって思ってる」 同じくらい、寂しがり屋だとも思ったけど。 そう言いながら、美希の濡れた頬に唇を寄せた。 もう、駄目だ………。 美希はせつなにしがみ付き、声を上げて泣いた。 物心付いてから、声が枯れそうな程、こんなにも泣いた記憶は無いくらい 大きな声で泣いた。 せつなの言う、優しい人。それがどんな意味合いを持つのか。 美希はせつなに意識して優しくした覚えは無かった。 ただ日々せつなを見つめ、共に過ごす内に芽生えた愛しさを 隠す事はしなかっただけだ。 ラブはせつなに出逢った瞬間から、抗い難い運命の様な物を感じたのだろう。 祈里は自分でも気が付かない内にせつなに魅入られ、堕ちて行った。 自分はどうだったのだろう。 最初は、ラブの後をちょこちょこと控え目について行くだけだったせつな。 少しずれた世間知らずな言動や、それとは裏腹な時には突拍子も無い程の行動力。 空気は読まない、お愛想代わりの世間話すら出来ない。 美希は手のかかる妹分がまた一人増えたようなつもりでいた。 それがいつの間にか、こちらが頼る場面すら増えてきた。 妹扱いしようにも、せつなの方が美希を『お姉さん』とは微塵も感じていない。 それが最初は居心地が悪くて、でも不思議と嫌ではなくて。 せつな相手には何も飾る必要がない。 と、言うより、飾った所でせつなは美希が気取っていようがすましていようが、 逆に子供のように拗ねたりしても気にもしない。 いつしか、せつなとは一番目線が近いような気すらして、 それがなんだか嬉しかった。 美希の脳裏にふとした思いつきが浮かぶ。 試してみてもいいだろうか。しかし、単なる思いつきで頼むのも失礼な気もする。 それに、物は試し…が変な方向に転がったら。 凄まじい勢いで色んな思いが駆け巡る。 もう、せつなには何でも言えるし、せつなも何を美希が言っても 驚かないだろう。 ここまでさらけ出してしまったら、もう取り繕う箇所は殆んど無い。 しゃくり上げる胸を落ち着かせ、何とか息を整える。 大きく深呼吸して、下手をしたら多大な誤解を招き兼ねない一言を口にした。 「ねえ、せつな……キスしても、いい…?」 ようやく涙が落ち着いて、やっと口に出した言葉がこれだ。 さすがにまともに顔を見る勇気は持てなかった。 せつなも咄嗟に反応を返せないのか、無言のまま。 「いいかな…?」 おずおずと顔を上げ、上目使いに何とか視線を合わせる。 せつなは、しばらく美希の表情を窺った後、驚くでも茶化すでもなく、コクリと頷いた。 目を閉じ、軽く顎を上げる。 美希の口付けを待っているのだ、と理解し、自分で言っておきながら 美希は微かにたじろぐ。 ゴクリと喉を鳴らし、何とか手の震えを抑え、せつなの肩に両手を添える。 濡れた唇が軽く触れる。 ビリッと電気が走り、髪の毛も含めて全身の毛が逆立った気がした。 信じられないくらいの柔らかさ。心臓が跳ね上がる。 そして少し躊躇った後、しっかりと唇を押し付ける。 蕩けそうな感触。 こんなに柔らかいものに触れたのは生まれて初めてだと思った。 どこまでが自分の唇で、どこまでがせつなの唇なのか分からなくなる。 頭の芯が熱い。 逃げ出したいような、いつまでもこうしていたいような。 そして、物凄くドキドキしているのに、やっぱり『違う』と感じる。 この鼓動は胸の高鳴りとは別物だと、頭のどこかが言っている。 早鐘を打つ胸は、緊張と、こんな事をしてせつなにどう思われるだろう、 と言う不安。 少なくとも、もっと先に進みたい、もっと触れたくてもどかしい。 そんな欲望は微塵も涌いて来ない。 甘い匂いと柔らかな感触には、うっとりといつまでも 酔い痴れてしまいそうな心地好さはある。 でも、それだけだ。 「……どう、だった…?」 触れていたのは、ほんの数秒だろう。 それでも、唇を離すまでは時間が止まっているようだった。 温もりと柔らかさがすっと遠退くのが名残惜しいような、 ホッとしたような。 離れた瞬間から夢か幻だと言われても信じそうなくらい、 一瞬にして現実感がどこかへ行ってしまった。 「…しょっぱいわ……」 「あのねぇ…」 ペロリと唇を舐めたせつなが呟くように漏らす。 「美希、涙で顔中ベタベタなんだもの…」 「色気のカケラも無い感想ね……」 「美希に色気なんか感じてどうするのよ」 ぷっ…、と二人同時に吹き出した。 そのまま額をくっ付け、笑い合う。 「よかった……」 「何が…?」 「せつなにドキドキしちゃったら、どうしようかと思ったわ…」 「何よ、それ。実験?」 「そーよ、実験。やっぱりアタシには無理だわ」 「そんな事の為にわざわざ唇奪ったの?」 「何よ、奪ったって。合意の上じゃない、人聞きの悪い」 クスクスと笑いながら囁き合う。 馬鹿馬鹿しい、けれど、真剣な実験。 二人はこれからも親友。何があっても。 大好きで大切だけど、閉じ込めて一人占めしたいなんて思わない。一人占めしている誰かに嫉妬もしない。 だって、想い合う場所が違うから。 運命の人でも、欠けた魂の片割れでもない。 だけど、かけがえの無い、一番の友達。 「美希が好きよ。大好き。何度でも言うわ」 「…せつな」 「ラブみたいには想えない。それに、ラブと美希を比べたら… 比べたくなんかないし、比べちゃいけないんだろうけど、 やっぱり比べたら、私はラブが大切って答える」 「………うん」 「それでも、やっぱり美希の事が大好き。大好きで、美希にも、私を好きでいて欲しい…」 「うん……」 それでいい。ううん、それがいい。 美希も、せつなから欲しいのは、ラブに向けているような愛情ではない。 それがはっきり分かったから。 出逢った瞬間、恋に落ちる。何もかも振り捨ててでも、たった一人の 人を求めずにはいられない。 そんな相手に巡り会える人なんて滅多にいないのだから。 多くの恋人達は、いくつもの出合いと別れを繰返し、結ばれた後も、 本当に自分の相手はこの人なんだろうか…? そんな不安を抱えているのも珍しくはないのだろう。 永遠の愛を誓った後でさえ、気持ちが変わる。 美希の両親がそうだったように。 せつなの中の美希。せつなの親友。誰よりも優しい人。 それが本当に自分の姿なのか。 たぶん、せつなにとって美希がどう思うかはあまり関係ないのだ。 ただ、せつなは今目の前にいる美希を抱き締めてくれている。 初めて出来た、無二の親友として。 人によって、その心に住み着く人間の姿は違う。 しかし、その人そのものは何も変わらない。 月が日々姿を変え、満ち欠けしても、月である事が変わらないように。 月は太陽の光を受けて輝くだけの、冷たい石。 近くで見れば、命の影すら無いクレーターだらけの暗い塊。 しかし、人が月を思い浮かべる時、それは夜空に輝く豊かな光を湛えた姿だろう。 月が自分はただの石くれだと言ったところで、地表から眺める者の瞳には 眩い程に美しく、魅惑的に映っている。 それは、月が自分では輝けない事実を知っていても変わらない。 そんな事は、見上げる月の美しさを損ねるものではないと分かっている。 「美希、一つだけ聞かせて…」 「なあに?」 「……私に、会えて良かったと思う…?」 「…せつな」 「私、ほんの少しでも、美希の幸せの一部になれてる?」 「せつなは……?」 「………?」 「せつなはどうなの?アタシに会えて良かった?」 「当たり前じゃない!」 「だったら、そんな事聞くまでもないわよ!」 途端に、せつなはくしゃっと顔を歪めた。 その顔を見て美希は密かに安堵する。 ああ、やっぱり。せつなだって不安だったんだ。 美希の気持ちを受け止めようと、精一杯頑張ってくれてたんだ。 今度は美希がせつなの頭を胸に抱き込む。 あやすように髪を撫で、体を揺する。 「あなたに出会えてよかったわ」 本当に、本当に。 色んな事があって、これからもまだまだ色んな事が起こるだろう。 だけど、もう自分を嫌いにはならずに済みそうな気がしていた。 今までも、たった今も、出来る限りの事をやってきたと思うから。 せつなに、美希は優しい人だと言ってもらえた。 それで、自分のしてきた事は無駄では無かったと感じられたから。 「アタシ、このままでいいわよね。今のまんまのアタシで」 「うん…。このままの、美希でいて欲しいわ…」 「そうね。これから、変わる事もあるかも知れないけど、 中身はいつだってアタシのままよね」 「ええ……」 たぶん、次に祈里とラブに合うとき、二人は気まずい思いをしてるだろう。 だから、アタシから笑おう。 そうすれば、きっと二人もぎこちなくても笑顔を返してくれる。 アタシは変わらない。 祈里とラブの中のアタシだって、きっと変わってない。 ほんの幼い頃、三人並んで手を繋いでいたあの頃と変わらない自分達が まだ胸の中にいるはずだから。 そこにせつなが加わったって、幼馴染みの絆は変わらない。 そう、信じよう。 そして、せつなの温もりを抱き締めながら、改めて思う。 この子はかけがえの無い親友なんだと。 幼い頃を知らなくても、育った世界が違っても。 ラブや祈里にも話せない事も打ち明けられる、特別な存在だと。 結局、回り道しただけで行き着く場所は同じだった。 その回り道は辛くて、先が見えなくて、それでも、今まで知らなかった 様々な道を教えてくれた気がする。 大切な人は、やはり大切だった。失う事も、別れ別れになる事も考えられない。 そんな当たり前の、それでいて忘れてしまいがちな事実を確認できたから。 そして、せつなもきっとそうなのだと思いたかった。 ラブと祈里とせつな、この三人にしか分からない想い。それぞれの胸の内。 それを美希は窺い知る事は出来ない。 せつなが幼馴染み三人の歴史には過去に遡って入れないと知っているように。 だけどそれは、異なる二つの世界があり、お互いに重ならない訳ではない。 より大きな世界となって、美希もせつなもそこにいる。 その世界はこれからもどんどん変化し、広くなったり狭くなったり、 境界線がはっきりしたり、曖昧になったり。 そして行き来出来る場所がどれほど増えても、決して踏み込めない 場所があるだけだ。 満月の裏側が暗闇であるように。 そして、その暗闇は隠すものでも、怯えるものでも無く、当たり前に存在するものなのだ。 静かな闇は穏やかな安らぎを与えてくれるから。 第29話 赤い糸の先へ続く
https://w.atwiki.jp/apgirlsss/pages/53.html
第5話 伝わる想い、伝える想い 図書館に本を返しに行った帰り、せつなちゃんにばったり会った。 わたしを訪ねて来るところだったんですって。 でも、ラブちゃんと一緒じゃないなんて珍しい。 「ブッキーって読者家よね。」 図書館帰りだと言うと、そうせつなちゃんが微笑む。 本当はほとんど読まずに返しちゃったんだけど。 三冊借りたけど、全然読む気になれなかった。 退屈しのぎに借りたつもりだったのに、暇潰しする気にさえなれない。 相変わらず、美希ちゃんからはメールも電話もなくって。 美希ちゃんやラブちゃん、せつなちゃんと一緒なら時間潰しなんて しようとも思わないのに。 一日が物凄く長く感じて、それなのに何もする気になれない。 自分から連絡すればいい、って言うのは分かってる。 でも、わたしからメールしてもし返事が来なかったら。 電話しても繋がらなかったら。 最初に無視したのはわたしなのにね。 「一人なんて珍しいね。どうしたの?」 「うん…。ブッキーと少し話したくて。」 この間のダンスレッスンの時の事、よね。 やっぱり、気にしてたんだ。うん、気にしない方がおかしいよね。 あんなにジトっとした目で見られたら。 きっと、せつなちゃんは自分を責める。知っててやってたよね、わたし。 せつなちゃんを困らせたって何にもならないのに。 ラブちゃん、呆れただろうな。それに、美希ちゃんも。 「あのね、ブッキー。今から私が聞く事、たぶん答え辛いと思うの。」 「…え?」 「でもね、私も聞きづらいのよ。だから、聞いたからには ちゃんと答えるって約束してくれる?」 何それ?何だか怖いんだけど……。 でも、こんな真剣な顔のせつなちゃん。嫌…とは、言えない雰囲気で……。 「お願い。」 「わ、分かった。」 「本当ね?」 ちょっと、本当に怖いかも。 何聞かれるんだろう……。 せつなちゃんは「いい?」と問い掛けるように見つめてくる。 やっぱり嫌、……とは、言っちゃ駄目、よね……。 「ねぇ、ブッキー。私が羨ましい?」 思わず、足が止まった。 「私に、嫉妬してる?」 足が震える。 「せ、せつなちゃんっ。そ、そう言うこと、面と向かって言うのって どうかと思うのっ!」 手足の指先は冷たいのに顔が熱い。 恥ずかしさに体が震える。カアッと一気に瞼が熱くなって、泣き出しくなった。。 「あぁ、ごめんなさい。私、空気読めないから。」 それも自分で言う事じゃないと思うの。 どうして、こんな。せつなちゃんは人を馬鹿にしたり、見下したり する子じゃないと思ってたのに。 それとも、本当に悪気なく聞いてるの? それにしたって…… 「ね、約束よ。答えて?私、分からないわ。 ブッキーが羨ましがるような物、持った覚えないんだもの。」 「…………せつなちゃんは…すごく、綺麗……。」 「それだけ?」 「……頭が良くて、運動神経も良くって…ダンスだって……。それに……」 「それに?」 「……ラブちゃんと……」 唇を噛み締めた。言葉が続かない。すごく、惨めな気分。 なんで、せつなちゃん。なんでこんな事言わせるの? 「…なんだ。それだけなんだ。」 「…!」 「そんなもの、ブッキーはもう全部持ってるじゃない。」 思わず、顔を上げてせつなちゃんを見る。 わたしを馬鹿にしてなんか、ない? すごく、優しい顔。そして、少し悲しそうな顔。 ねぇ、ブッキー。私、確かに数学得意よ。教科書見たとき驚いたもの。 この年で、まだこんな初歩的な問題やってるのかって。 運動神経もね、体育の時間とかびっくりよ。 みんななんであんなにダラダラ走るのかしら? 体も固いし、全然真剣じゃないの。あれで上達するものなんてないわよ。 みんな私の事、すごいって誉めてくれた。何でも出来るって。 でも、何で私が出来るかわかる? 「それしか、やってこなかったから。他の事、何一つやってないからよ。」 ブッキー。私、学校に行き始めた時、毎日ヒヤヒヤしっぱなしだったわ。 何か変な事言ってないか。おかしな行動してないかって。 前にね、クラスでお喋りしてて私が「桃太郎」を知らなくて すごく微妙な空気になった事があったの。 ラブがフォローしてくれたけど、こちらの人は、それこそ五歳の子から お年寄りまで知らない人なんていないのよね。 調べて驚いたわ。たくさんあるのね、「おとぎ話」って。 ねぇ、ブッキーはいくつ「おとぎ話」を知ってる?きっと数えきれないわよね。 いくつ歌を歌える?トリニティとかの流行りの曲じゃないわよ。 そう、例えば「犬のお巡りさん」とか……。これもきっと数えきれないわね。 子供の頃、何して遊んだ?かくれんぼ、おにごっこ…、ブッキーは 外で遊ぶよりおままごととかが好きだったのかしら。 きっとブッキーはお母さん役だったんでしょう? 「私はそう言うもの、何も持ってないの。」 それは『知識』なんかじゃないわよね。 みんな、息をするように体と心に蓄えてきた事。 初めて「犬のお巡りさん」を歌ったのがいつだか覚えてる? たぶん、覚えてる人の方が少ないんじゃないかと思うの。 いつの間にか、覚えてた。 他の事もそう。いつ誰に教わったか。そんな事、考えもしない。 知ってて当たり前。出来て当たり前なんだもの。 その「当たり前」がどれだけの場所を占めてるのかしら。 きっと途方も無く広い場所よ。果てなんて見えないくらいに。 私はね、その「当たり前」の部分がすっぽり抜けてる。 だからその場所に、数式や戦闘訓練の体の記憶を詰め込んでる。 それでも、一杯にはならないわ。あまりにも広すぎるから。 今、必死で埋めてるけどきっと追い着かないわ。 知りたい事、やりたい事はどんどん増えるのに、覚えても覚えても、 更にその先に広がってるんだもの。 「ブッキー、お願いだから本気で羨ましいなんて思わないで。 あなたは欲しいもの、もう全部持ってるはずでしょう?」 「せつなちゃん……。」 せつなちゃんに、わたしを責める様子は微塵もない。 ただ、少し困ったように。そして、ほんの少しだけ、怒ったように、 見つめている。 下を向いたまま、顔を上げられない。恥ずかしくて、情けなくて。 わたしは、きっと言ってはいけない事を言ってしまった。 「せつなちゃんが羨ましい」「せつなちゃんは何でも出来る」 みんなが羨ましがるもの、きっとせつなちゃんには自慢でも何でもない。 せつなちゃんがどれだけ努力してるか。 どれだけ頑張って、笑えるようになったのか。 ずっと、側で見てきたはずだったのに。 「ブッキーは美希が好きなのよね。」 コクリ、と何の躊躇いもなく頭が上下した。 もう誤魔化す事も、言い訳もしちゃいけない。 せつなちゃんに、これ以上失礼な態度はとっちゃ駄目だ。 せめて、正直に。ちゃんと、答えなきゃ……。 「美希もよね。」 独り言のように、せつなちゃんは呟く。 「それなのに、私とラブが羨ましいの、どして?」 「……だって。」 告白なんて、されてない。 気持ちだって、はっきり口に出した事もない。 「だったら、ブッキーから言えばいいのに。」 「へ?」 せつなちゃんは不思議そうに、首を傾げる。 顎に指を添え、軽く目を見開いて。 わたしがあんなポーズしたら、きっとすごくブリッコっぽく見えそう。 やっぱりせつなちゃんくらい可愛くないと……って、また僻みっぽいわね。 駄目だわ……わたし。 「だから、美希が言わないならブッキーが言えばいいのに。」 え?そりゃ……。でも! 頭の中がぐるぐるする。 考え事もなかった。わたしから告白?って言うか、 せつなちゃんの中では美希ちゃんが断るって選択肢はないのね。 「ブッキーは美希から言って欲しいの?どして?」 「だって、それは……」 恥ずかしいし、やっぱり好きな人に告白されたいって言うのは 女の子の夢だし。 「恥ずかしいの?美希から言われる方が嬉しい?」 頷く私にせつなちゃんは言葉を重ねる。 「ブッキー、美希だって女の子よ?」 ブッキーが恥ずかしいように、美希だって恥ずかしいんじゃない? ブッキーが美希から告白されたら嬉しいように、美希も ブッキーから告白されたら嬉しいんじゃないかしら。 好きな人が嬉しくなると、自分も嬉しくならない? 大好きな人を喜ばせる事が出来るって、とても幸せだと思うの。 今の気持ちを擬音語にすると、ポカーンだろうか。 それとも、ガーン!!…? わたしはその場に崩れるようにしゃがみ込んだ。 人間、ドン底だと思ってる内は甘い。 その先はさらに深い穴が空いてるんだ。 もう、情けない、とか恥ずかしいのレベルではない。 真剣に、一度死んだ方がいいのかも。 この短い時間に何度目だろう、自分の馬鹿さ加減に暴れたくなるのは。 「ブッキー?」 せつなちゃんが向かい合わせにしゃがんできた。 ごめんなさい。ワケわからないわよね。 「せつなちゃん、わたしって救いようがないわ……」 今まで美希ちゃんが与えてくれたもの。 どれだけわたしを嬉しくさせてくれたか。 何度、幸せを感じさせてくれたか。 わたし、その幸せを一度でも美希ちゃんに伝えた事があったかしら。 美希ちゃんの為に、幸せを運んだ事があったかしら。 美希ちゃん、それでも笑ってくれてた。 それは、今せつなちゃんが言った事。 好きな人が喜ぶと、自分も幸せだから。 自惚れてる?でも、きっとそうなの。 だって、わたし美希ちゃんが好きなんだもの。 美希ちゃんの喜ぶ顔、思い浮かべるだけで胸がいっぱいになる。 美希ちゃんも、そうだったんだ。 言わなければいけない事。やらなければいけない事。 後から後から雪崩みたいに押し寄せてくる。 自分の馬鹿さ加減に打ちひしがれてる場合じゃないのよ。 謝らなきゃ。お礼言わなきゃ。ちゃんと、言葉で伝えなきゃ。 せつなちゃんに、ラブちゃんに、そして何より美希ちゃんに。 何からしていいのか分からない。 せつなちゃんが心配そうに覗き込んでる。 「あのね、せつなちゃん。言いたい事がいっぱいいっぱいありすぎて、 何から言えば良いか分からないんだけど………」 思い切って、顔を上げた。ふぅ、と息をつく。 泣いちゃ駄目。笑うんだ。 「ごめんなさい。わたし、せつなちゃんに嫉妬してました。」 「……うん。」 「イヤな態度、取りました。せつなちゃんが気にするって分かってたのに。」 「…うん」 「せつなちゃんなら自分のせいでって、わたしや美希ちゃんがおかしいの、 自分が原因じゃないかって、悩むの分かってたのに。」 ぎゅっ、とせつなちゃんの手を握った。 「大好きよ。せつなちゃん。」 「ブッキー……。」 「美希ちゃんや、ラブちゃんに負けないくらい、大好き。」 「うん。私もよ。」 「これからも、友達でいて下さい。」 「はい。」 ものすごくありきたり。そして、全然謝り足りない。 たぶん、わたしは自分が思ってる以上に、色んな失敗してる。 でもラブちゃんも美希ちゃんも、今までずっと許してくれてたんだ。 『あーあ、ブッキーはしょうがないなぁ』って。 せつなちゃん、背中を押しに来てくれたんだ。 ラブちゃんは、きっとわたしには何も言わないつもりだったんだろうから。 そうだよね、わたし達3人は昔からそうだったもん。 ラブちゃんは、いつもわたしをそっとしておいてくれる。 ちゃんと、自分で考えて答えを出せるように。 でも、せつなちゃんは違うのよね。焦れったかったろうな。 何もせずに、いられなかったのよね。 うん、でも今回はせつなちゃんが正解だと思うの。 わたし、せつなちゃんじゃなければ素直になれなかった。 もし、忠告してくれたのがラブちゃんなら、言葉にしなくても分かった 気になっちゃってたと思う。 それで、結局…今まで通り居心地のいい所に納まろうとしてたろうな。 「私への告白は終わり?」 ニッコリと、それはそれは綺麗に微笑むせつなちゃん。 やっぱり、この容姿は羨ましいかも。 「うん、……まだまだ言い足りないけど。今日はこの辺で。」 「また、続きがあるならいつでも。」 「よろしくお願いします。」 しゃがんで手を握り合ったまま、ペコリと頭を下げる。 「そろそろ、帰ろうか。」 わたしたちは手を握り合ったまま立ち上がる。 放してしまうのが何だか名残惜しい。 そのまま手を繋いで歩いても、きっとせつなちゃんは嫌がったりしない。 でも、やめておこう。 だって、わたしたちが手を繋ぐ人は他にいるもんね。 並んで歩くせつなちゃんの横顔、美希ちゃんに負けないくらい完璧。 こればっかりは持って生まれたものよねぇ。 じっと見つめてたら、目が合ってしまった。 「何?」 「んー、美人だなぁって思って。」 ふぅ、とせつなちゃんは苦笑い。 「なあに?まだ羨ましいの?」 「せつなちゃんには分からないよ。」 ぷっと膨れてみる。でも、何でだろ? 羨ましさに変わりはないのに、ちっとも心がカサカサしない。 「なるほど、こう言うところね……。」 「??何が?」 「ラブが言ってたの。ブッキーは結構我が儘なところがあるって。」 ええ…?ラブちゃんちょっとヒドイ。でもまぁ、うん、仕方ないかな……。 「ワガママ…かなぁ…?」 「うん。だってブッキー、10人いたら10人とも可愛いって思われたいんだ?」 いや、そこまでは…。ああ、でも10人中5人…6人くらいには そう思われたい……かな? 「私は……、ラブ一人が可愛いって思ってくれたら、それで充分だけどな。」 だって、百人に誉められたって肝心の好きな人に可愛いって 言って貰えないなら意味なんてないじゃない。 ちょっと俯いてポソポソと呟く。 そのせつなちゃんの顔は耳まで赤くて、何だかわたしの 顔まで熱くなってきた。 「ノロケてるねぇ~。」 「もうっ!そうじゃなくて!」 照れ隠しにわざとからかい気味に言ってみた。 せつなちゃんの顔が近づいてくる。 美希だって、ブッキーは世界一可愛いと思ってるわよ? 息の掛かる距離で囁かれたその言葉は、 蕩けるように甘く耳と胸に響いて。 ちょっと、美希ちゃんに申し訳なくなるくらい心臓が跳ね上がってしまった。 じゃあ、私こっちだから。 半ば固まってるわたしにせつなちゃんは手を振って離れて行く。 「そうだ、ブッキー。今日の事は美希には内緒ね?」 ??なんで?何も知られて困るようなやり取りはしてないと思うんだけど……。 「美希より先にブッキーに『大好き』なんて言われたのバレたら大変よ! 私、美希に恨まれちゃうわ。」 だからナイショよ? せつなちゃんは唇に人差し指を当てて、パチンとウインク。 いつの間にか、そんなお茶目な仕草も様になってきてるのね。 わたし達はほんのり染まった頬のまま、悪戯っ子のような笑みを浮かべ合う。 せつなちゃんはわたしが角を曲がるまで、ずっと見送ってくれていた。 胸の中がクスクスとくすぐったくて暖かい。 ねぇ、せつなちゃん。 せつなちゃんは、ずっと埋まらない大きな隙間があるって言ったよね。 でも、その隙間を埋めてるのは難しい数式や、 訓練の厳しい記憶だけじゃないと思うの。 暖かくて、優しくて、そしてほんのちょっぴり痛いの。 それがせつなちゃんの幸せの感触なのね。 ちゃんと貰ったよ。 今度はわたしが渡す番。 第6話 伝えたい想いへ続く
https://w.atwiki.jp/apgirlsss/pages/660.html
幸せの赤い翼――翼の種子のパッション(第7話 ドッペルゲンガーの想い) タンタンタンと、リズミカルな足音を鳴り響かせて、ラブが階段を一気に駆け下りる。 ピンクのジャージの上にお気に入りのジャケットを羽織り、スポーツバックを肩に架けて。少しくたびれてきたスニーカーを突っ掛けると、くるりと後ろを振り返った。 いつの間に追い付いたのか、そこには当たり前のようにせつなが立っていた。どんな時だって、ラブの隣がせつなの居場所。でも、今日はなんだかいつもと様子が違う。 ダンスの練習着姿のラブに対して、せつなの方は、赤いカットソーに紺のスカートという普段着姿だった。 二人はしばらく別行動を取ることにしていて、せつなはラブを見送りに来ていたのだ。 「じゃ、行ってくるね、せつな。シフォンとタルトをお願い。何かあったら、すぐに知らせて。変身して駆けつけるからね」 「ええ、わかったわ。こっちのことは心配しないで。いざとなれば、私も戦えるわ」 「うん。そうならないように、頑張るよっ」 互いにしか聞こえないように、二人は顔を寄せて小さな声で囁く。最小限の言葉を交わし、残る想いは視線に託す。 ラブは励ますような、力強い眼差しで。せつなは懇願するような、揺れる瞳で。 「いってきます! せつな」 「いってらっしゃい、ラブ」 ラブは出掛けに殊更に元気な声で挨拶すると、玄関から飛び出して走り去った。 一人になったせつなは、そのまま自分の部屋に戻ろうと、階段に向かう。その様子をこっそり見ていたあゆみが声をかけた。 「ラブはダンスレッスンよね? せっちゃんは一緒に行かないの?」 「あ、うん。今日は苦手なパートの個別練習だからって」 「それにしたって、せっちゃんが居て邪魔になるわけでもないでしょうに……。もしかして、あなたたち、まだ喧嘩してるの?」 「ううん、喧嘩なんてしてないわ」 「そう……そうよね。そんな雰囲気には見えなかったわね……」 考え込むようにそうつぶやいたあゆみは、いきなりポン、と手を打つと、小走りで居間に駆け込み、またすぐに戻って来た。 そしてなんだか得意そうに、手に持った細長い二枚の紙切れを、せつなの目の前でヒラヒラさせてみせる。 「ジャーン! これ、なんだと思う? せっちゃん」 「映画の……チケット?」 「正解! これ、せっちゃんにあげるから、ラブが帰ったら二人で観に行ってらっしゃい」 それは、今話題になっている映画の鑑賞券だった。内容は知らないが、「好きな俳優が主演しているので観たい」と、あゆみが言っていたのを思い出す。 ラブはもともとあまり映画を観ない。おそらくこれは、あゆみが圭太郎と二人で観に行くつもりで手に入れたものなのだろう。 「ダメよ、おかあさん。こんなもの受け取れないわ」 「いいのよ、わたしの分はまた買うから。ラブったらいつもダンスばかりで、せっちゃん、映画館に行ったことないんでしょ?」 「それは、そうだけど……」 「とっても恐い映画なんですって。そういう映画は、二人の距離を縮めるにはもってこいよ。それとも――恐い映画は苦手?」 「映画はわからないけど、テレビを見て悲鳴を上げたことはないわ」 挑発するような笑みを浮かべるあゆみに、せつなは悪戯っぽく、「誰かさんと違って」と付け足す。 おそらく映画の中にだって、今より恐ろしい状況はそうそう無いだろう――ついそんなことを考えそうになって、慌ててもう一度笑顔を作った。 「そう。それなら、お小遣いも少しあげるから、行ってらっしゃいよ。ねっ?」 「ありがとう、おかあさん。でも――」 少し考えてから、せつなはチケットをあゆみに差し出す。 やっぱり遠慮しているのかしら――そう思ったあゆみの耳に、せつなの意外な一言が飛び込んできた。 「私、おかあさんと一緒に行きたい」 「えっ?」 あゆみはびっくりして、せつなの顔をまじまじと覗き込む。その表情は真剣そのものであり、同時に脅えてもいるようだった。 そんなせつなを見て、あゆみは懐かしい記憶を蘇らせる。 それは昔の――幼かった頃のラブの顔。 そう。今のせつなの顔は、小さな子がおねだりする時の、期待と不安が入り混じった顔だった。 あゆみだって、昔は親子で仲良く映画を観に行ったものだった。しかし、ラブが中学生になってからは、一緒に買い物に出かけることすら少なくなった。 そのラブとせつなは同じ歳なんだから、当然、一緒に出かけるなんて恥ずかしいものだと思っていた。ましてや、せつなはラブと違って、遠慮がちで控え目な性格なのだから。 頬を赤くして、それでも目を逸らすまいとするせつなを、あゆみは微笑みながら見つめ返す。 「せっちゃんに、そんな風にお願いされるなんて初めてね。いいわよ。今日はお仕事も休みだし、今から出かけましょう」 「はいっ!」 せつながパッと顔を輝かせ、嬉しそうに大きく頷いた。 それは、彼女が今朝から見せていた無理に作った笑顔ではなくて、心からの喜びがあふれ出た顔だった。 『幸せの赤い翼――翼の種子のパッション(ドッペルゲンガーの想い)――』 クローバータウン・ストリートの街並みを、せつなとあゆみは並んで歩く。 せつなは、今朝の普段着の上に紺のジャケットを羽織った、いつもの服装で。あゆみの方は珍しくお洒落をしていて、ピンクのカーディガンに、鮮やかな赤のスカートといった出で立ちだった。 せつなよりも、むしろあゆみの方がずっと目立つ格好だ。あゆみは普段のような買い物バッグではなく、小さなハンドバッグを抱えていた。 反対にせつなは、大きなバッグを肩にかけていた。時折ゴソゴソ動いていたが、気付く者はいなかった。 せつなにとって、それは初めての経験だった。 こうしてあゆみと二人きりで出かけることも、後ろではなく、隣りに並んで歩くことも。 目の前の親子連れが仲良く手を繋いでいる。せつなはそれを見て、ピクリと指を動かした。が、それだけで、実際に行動に移すことはできなかった。 自分はもう、小さな子供ではない。本当は、この人の子供ですらない。いや、そもそも―― それでも、あゆみと手を繋いで歩く自分を想像するだけで、なんとなく嬉しくて、自然と顔がほころんでくる。 そんな楽しそうなせつなを見て、あゆみも嬉しそうに笑った。 目的の映画館は、大きなデパートの中にあった。まだ大分時間があるからと、あゆみとせつなは館内のテナントを巡ることにした。 CDショップを回ったり、お洋服を見たり。あゆみは遊びで来ていることを意識してか、実用品を避けるようにウィンドウショッピングを楽しんだ。 あゆみと並んでゆっくりと歩いていたせつなが、ふと足を止める。ある洋服ブランドのニットコーナー。その一角に、色とりどりの可愛らしいレース編みのアクセサリーが並んでいた。 その中の一品に、せつなの目が釘付けになる。それは、二つ組み合わせることで大きなハート型になる意匠が施された、赤色とピンク色のペア・ブレスレットだった。 値札を確認してから自分のお財布を覗き込んで、せつなは深いため息を付く。小物とは言え、そこは高級店のアクセサリー。せつなの所持金では、ペアの片方を買うのが精一杯だった。 「見るだけなら、無料よね」 お揃いで買えないのなら意味が無い。諦めて通り過ぎようとしたものの、やっぱり気になって振り返ってしまう。 (もともと、ウィンドウショッピングなのだから……)と、思い切って手に取った時、あゆみが隣りから、せつなの手元を覗き込んだ。 「あら、可愛いじゃない。どうせなら、付けてみなさい」 「あっ……おかあさん」 「やっぱり! よく似合うわ、せっちゃん。じゃあ今日の記念に、こっちはわたしが買ってあげます」 「待って、私はそんなつもりじゃ……」 慌てるせつなに、あゆみは少し首をかしげるようにして問いかける。 「欲しいんじゃないの?」 「欲しい!」 せつなは身を乗り出すようにして、力いっぱいに頷いた。あゆみはビックリして、一瞬目を見開いてから、やがて嬉しそうにクスリと笑った。 あゆみは赤色のブレスレットを、せつなはピンク色のブレスレットを、それぞれ購入して、プレゼント用に包んでもらう。 「はい! これはわたしから、せっちゃんにプレゼント。そっちはラブにプレゼントして、お揃いで付けるといいわ」 「私から――ラブにあげていいの?」 「そりゃそうよ。だって、せっちゃんが自分で買った物でしょう? 仲直りのしるしに、ちょうどいいんじゃない?」 「だから、喧嘩なんてしてないのに……」 あゆみにからかわれていると気付いて、せつなはちょっと口を尖らせる。 あゆみはクスクスと笑いながら、せつなに赤いリボンの包みを手渡した。 「ありがとう、おかあさん。――大切にする」 「どういたしまして、せっちゃん。さっ、そろそろ映画が始まる時間よ、行きましょう」 「はい!」 せつなは、二つの包みをあえてバッグには入れずに、大事そうに抱えて歩いた。視線が荷物に集中しているからか、足元が少し覚束ない。 そんな姿が、その昔、ラブにウサピョンを買ってあげた時の記憶と重なって、あゆみはせつなを愛しそうに見つめた。 「どうかしたの? おかあさん」 「せっちゃん、本当にそれが気に入ったのね」 「うん、それもあるけど……。プレゼントなんて初めてだから」 「えっ?」 少し寂しそうな、でも、嬉しそうな表情で語られる、小さなつぶやきを耳にして、あゆみが目を丸くする。 せつなはハッとして、自分の失言を誤魔化すように笑った。 「あっ、ううん。あの、ブレスレットをもらうのは初めてだなって」 「ああ、そうよね。次は、そうねぇ……。クリスマス・プレゼントのお楽しみかしら」 なんとか誤魔化せたと、せつなは安堵のため息をつく。「初めて」なんて口にしたのは迂闊だった。 これまでも、日用品以外の物だって色々と買ってもらっているのだから、そんな発言は失礼だ。いつも身に着けているペンダントだって、ラブとあゆみからの贈り物なのだから。 だけど、このブレスレットは違う。自分が直接おねだりして買ってもらった、自分のためのプレゼントなのだから。 (もちろん、東せつなに対する贈り物なのだろうけど……) それでも、買ってもらった記憶があることと、実際に買ってもらったのとでは、まるで違う。 いや、実際には違いなんてわからない。ただ、違っていると――異なる価値があるのだと、思いたいのだろう。 (でも、そんな風に感じるってことは、私が本当にせつなになれるわけじゃないって、自分で認めていることなのかもしれない……) また、暗い思考に沈み込みそうになる。そんな時、あゆみが、まるで独り言のような口調でつぶやいた。 それを聞き取った瞬間、せつなの心臓がドキリと音を立てた。 「それにしても、最近のせっちゃんは、なんだか積極的になってくれて嬉しいわ」 もしかしたら、自分が偽者だと気付かれたのだろうか? 急に口の中の水分が無くなったような気がして、せつなは無理に唾を飲み込み、何でもない調子で問いかけた。 「それって、私の様子がおかしいってこと?」 「ううん、そうじゃないんだけど。でも、私を映画に誘ったり、ブレスレットが欲しいって言ったり。少し前のせっちゃんなら、考えられなかったから」 それだけ、馴染んできてくれたってことよね? と、あゆみは嬉しそうに微笑む。 せつなは返事を避けて、寂しげな笑みを浮かべた。 あゆみの感じた変化。それはきっと、心の奥底に眠っているはずの、ソレワターセの本性の発露だろう。 どれだけせつなを演じたところで、この魂は欲望と邪念で汚れている。 同じ記憶を持ち、価値観を共有したところで、行動や発言を模倣したところで、自分が化け物だと認識してしまった時から綻びは出始めている。 「ごめんなさい、おかあさん。私は何かを欲しがるばかりで、何も返すことができない」 「子供はそんなこと気にしなくていいのよ」 「だけど! あれが欲しい、これも欲しいって、そんなことばかりで……。私はおかあさんに迷惑かけてるんじゃ?」 「せっちゃんは、これまで何も欲しがらなかったものね。むしろ自分の物まで、惜しげもなく与えてしまうような子だった。だから、せっちゃんに何か欲しいって言われたら、わたしは嬉しいのよ」 「嬉しいって、私が悪い子になったことが?」 「ううん。確かに少し変わったとは思うけど、悪い子になんてなってないわ」 「だけど、私は欲しがるばっかりで……」 「人の物を奪うのは良くないことだけど、欲しがるのは悪いことじゃないわ。それだって、大切な幸せなの」 「欲しがる本人にとっては、よね?」 「ううん、そうじゃないわ」 それはどういう……と、聞き返そうとしたせつなを制して、あゆみが前方を指差す。 いつの間にか、最上階にある映画館の前に着いていた。 「さあ、入りましょう。久しぶりだからわたしもドキドキしちゃう」 「あっ……うん。私も楽しみよ」 館内には幾つもの劇場があった。チケットの映画は人気作品のためか、一番大きなスクリーンで上映されるらしかった。 あゆみが、まるで童心に返ったようにはしゃいで先を急ぐ。 その映画は、『ドッペルゲンガー(~もう一人の私~)』というタイトルだった。 時は昔、西欧の国の貧しい家庭に、ダンサーを夢見た一人の少女がいた。 その子は、いつの日にかプロのステージに立つことを夢見て、毎日毎日、厳しい練習を続けた。 無理を言って買ってもらった、一枚の大きな鏡に自分の姿を映し出して、繰り返し踊る姿をチェックして。 レッスンに通うこともできず、コーチから教わることも無く。専用のシューズすら手に入らず、それでも愚痴一つ零さなかった。 鏡の中の自分はずっと見ていた。少女の笑顔も、少女の涙も、流した汗も、描いた夢までも、その全てを―― 幾度も挑戦を重ねた少女は、ついにチャンスをつかむ。その最終選考の前夜、少女は練習用の大鏡に、手鏡を合わせてしまった。 その途端、ずっと少女を見続けてきた、もう一人の自分が牙を剥いた。 鏡の中から抜け出した分身の手が、少女の首にかかる。 分身は少女になりすまし、見事にオーディションに合格した。しかし、態度の急変を怪しまれ、父親に正体を見抜かれてしまう。 依頼された専門家によって、分身の正体は“ドッペルゲンガー”と判明した。彼女は今の生活を守るために、彼らを殺めていく。 そうして、一人、また一人と、疑いを持つ者を次々と手にかけていき―― やがて独りになった少女は、自らの生まれた鏡に自分が映らないことを嘆き、その鏡を割って、破片で自らの喉を突いて死んだ。 物語が進むにつれて、せつなの顔は真っ青になり、体はガタガタと震えだした。暗かったのが幸いして、顔色まではあゆみに気付かれなかったものの、様子がおかしいことは隠せなかった。 せつなは気力を振り絞って最後まで観終えて、エンドマークと同時にトイレに駆け込み、吐いてしまった。 青白い顔のせつなを連れ、あゆみはそのまま帰宅することにした。 せつなは重い足取りで、トボトボと歩く。行きと違って、帰りは口数も少なかった。 「ごめんなさい、せっかくのお出かけだったのに……」 「いいのよ、目的の映画も観られたんだし。それよりせっちゃん、もう大丈夫? ここで少しだけ休憩していきましょう」 クローバータウン・ストリートまで戻ってから、一軒の可愛らしい喫茶店の前であゆみは足を止める。 お腹が空いている時は、暗い気持ちになる。美味しいものを食べれば、明るい気持ちになれる。 『料理は愛情』『食事は幸せ』それは、桃園家の家訓でもあった。 サンドイッチを食べて、紅茶を飲んだせつなに、ようやく少しだけ笑顔が戻る。それを見て、あゆみは敢えて映画の話をすることにした。 家でテレビのホラー番組を観ても、悲鳴を上げて大騒ぎするのは、いつもラブの方だ。せつなは顔色一つ変えずに、そんなラブを慰めたり、からかったりするのが普通だった。 そんなせつなの様子がおかしくなった原因が、映画の内容にあるのならば、ちゃんと話した方がいいかもしれないとあゆみは思ったのだ。 「初めてスクリーンで見るには、ちょっと刺激が強すぎたのかもしれないわね」 「うん……。もう平気よ」 「最後まで、救いの無いお話だったわね。ただのホラー映画だとばかり思ってたけど、そうじゃなかったみたい」 「ねえ、おかあさん。どうして……こんなお話を作ったのかしら? これじゃ、誰も幸せになんて……」 「観た人にそう感じてもらうのが、目的だったのかもしれないわね。でも、なぜドッペルゲンガーはあの子になりすまそうとしたのかしら? もっと恵まれた人なんて、それこそいくらでもいるのに……」 ドッペルゲンガーの気持ち。それは、視聴者の多くが少女に好感を抱いているのと同じ気持ちなんだろう、とせつなは思った。 あゆみの言う「恵まれている人」とは、最初から多くの幸せを持って生まれた人だろう。しかし、何かを手に入れる喜びとは、実はそれを持っていない者だけが感じ取れるものだ。 今の自分がそうであるように、一度それを手にしたら、後は失う恐怖が待っている。そして、最初から持っている人は、自分が恵まれていることにすら気付かないのかもしれない。 幾多の不幸を乗り越えて、熱く、激しく、ひたむきに幸せを追い求める――ドッペルゲンガーは、きっと、そんな少女だから憧れたのだろう。 そして、持っていないことが不幸なら、手に入れることは幸せであるはずなのに、ドッペルゲンガーは幸せにはなれなかった。 (つまり、あの子だって恵まれていた。欲しがることすら許されない、化け物に比べたら……) そして、そんな者たちは、どうやっても幸せにはなれないのだろう。 「それにしても、可哀想だったわね」 「えっ? ええ、そうね。あの子、あんなに頑張っていたのに……」 「ううん。女の子はもちろんだけど、あの子のことよ。なりすますんじゃなくて、一緒に生きればよかったのに」 「それって、ドッペルゲンガーのことを言ってるの? だってあれは、邪悪な化け物なのよ!」 あゆみは、「そうだけど……」と、つぶやいて言葉を詰まらせた。 せつなは、信じられない思いであゆみを見つめる。この人は、一体何を言っているのかと。 この映画が、どういう意図で作られたのかはわからない。だけど、ドッペルゲンガーは、恐怖と憎悪の対象として描かれていたはずだ。 少なくとも、救うべき対象として見ていた人なんて……。それを期待していた人なんて――自分以外に一人でも居るとは思えなかった。 泣き出しそうな顔で厳しい視線をぶつけるせつなに、あゆみは穏やかな視線で応えた。 「本当に、邪悪な化け物だったのかしら? あの子は、あの女の子になりたかったんでしょ? そういう生き方に憧れるなら、本当は同じくらい良い子のはずよ」 あゆみは優しい口調で、せつなに説くように語る。ゆっくりだけど、力強い言葉。深い愛情が感じられる言葉だった。 口先だけじゃなくて、それを実行に移してきた人だった。桃園家にせつなを迎え入れた時も、同じ気持ちだったに違いない。だったら―― 微かに生まれた期待を、頭を振って外に追い払う。迂闊に希望など持てば、その分だけ後が辛くなる。それに、もう自分には後戻りなんてできない。 そう――少女を手にかけてしまった、ドッペルゲンガーのように。 「どうして――おかあさんはそんな風に優しくなれるの? あの女の子の幸せを奪ったドッペルゲンガーのことを、そんな風に言うなんて。私のこともよ。欲しがってばかりいるのに、それも大切な幸せだなんて……」 「ああ、映画を観る前に話していたことね?」 あゆみは思い出して頷くと、逆にせつなに問いかけた。 「だったら、どうしてせっちゃんは、自分の分だけじゃなくて、ラブの分までブレスレットが欲しかったの? 同じ物を身に付けたかったから? それとも、ラブに好かれたかったから?」 「わからないわ。その両方かもしれないし、もっと違う理由があるのかも……」 「本当は、ラブの笑顔が見たかっただけじゃないかしら。プレゼントしたら、ラブが喜んでくれると思ったからでしょ?」 あゆみの言葉に、せつなが小さく息を飲む。 「そうかもしれない。だったら、おかあさんがさっき、『欲しがるのは悪いことじゃない』って言ったのも?」 「そうよ、せっちゃん。与えることだって、幸せに繋がるの。その幸せは、欲しがる人がいてこそ生まれるものでしょ?」 償いではなくて、正義感でもなくて。損得や、善悪と関わりなく、「与える」ことによって生まれる幸せ。そんなものがあるのなら―― (そんなものがあるのなら、自分のような者だって、救われるかもしれない) 一瞬だけそう思って、せつなはもう一度、心の中で激しくかぶりを振った。 「与えることが幸せなら、やっぱりあのドッペルゲンガーのように、奪うことは不幸なのね。それを罪と言うんでしょう?」 「そうなるわね」 「だったら私は、やっぱり幸せになってはいけないのかもしれない」 「そんなことないわ。ひとつひとつ、やり直していけばいいのよ」 一切の躊躇も無くそう言い切るあゆみに、せつなは我知らず、すがるような目を向ける。 「それじゃ、償いきれないくらいの、大きな過ちを犯していたとしたら?」 「勘違いしちゃダメよ、せっちゃん。わたしはやり直せばいいと言ったけど、それは自分の過ちを、自分の手で清算しなさいって意味じゃないわ。過ちを反省して、同じことを繰り返さないようにすればいいと言ったの」 「じゃあ、犯した過ちはどうすればいいの?」 「みんなの力を借りて、助け合って解決すればいいじゃない」 「そんなの無責任だわ……」 「人は誰だって、過ちを犯すものよ。それで幸せになれないのなら、誰も幸せになんてなれないわ」 「それでも! 自分のせいで苦しんだ人がいるなら、やっぱり償うべきなんじゃ……」 苦しげに訴えかけるせつなの目を、あゆみはじっと覗き込んで、穏やかに言葉を続ける。 「ねえ、せっちゃん。こうは考えられない? せっちゃんが過ちを犯したとしたら、わたしたちみんなで償えばいいんだって。その代わりにせっちゃんは、誰かが犯した過ちを、償うお手伝いをするの。そしたら、みんなで助け合って、みんなで与え合うことができるんじゃないかしら」 「それが――みんなで幸せゲットってことなの?」 「ええ、その通りよ。今はラブの口癖だけど、その言葉は、元々はわたしのお父さんの口癖だったの。わたしがお父さんに教わったことを、ラブに伝えて、ラブはそういう子に育ってきた。せっちゃんもそうしてくれるなら、わたしは初めて、親らしいことができたのかもしれないわね」 せつなは、壊れていくのを感じていた。 自分の中で、許せなかった過去が――認められなかった現在が―― 憎んでいる自分を――愛してくれる人がいる。否定し続けた自分を――肯定してくれる人がいる。 そうなりなさいって、笑ってくれる人がいる。 せつなは、祈るような気持ちで、最後の問いを投げかける。 もしも、これも期待を超える答えが得られるのなら――と。 「最後に聞かせて、おかあさん」 「なあに?」 「奪うことが悪いことなのはわかったわ。与えることが幸せなのも。欲しがることが間違いでないことも。だったら、欲しがっても与えられない人は、やっぱり幸せにはなれないのかしら?」 「そういう人がいたら、せっちゃんが与えてあげたらいいじゃない。その代わり、わたしたちがせっちゃんに、できる限りのものをあげるわ」 今にも涙が零れ落ちそうなくらいに潤んだ瞳で、せつなはあゆみを見つめる。 これまでの迷いが、悩みが、靄が、全て爽やかな風で吹き飛ばされて、気持ちが晴れ渡っていくのを感じた。 赤黒い闇の中に、柔らかな光が差し込んでいく。 胸の内に渦巻いていた絶望は、全身を突き動かす希望にとって変わる。 (この人なら、おかあさんなら、きっと本当の私も受け入れてくれる。もちろん、ラブだって!) だったら、自分がすべきことは一つだけだ。ドッペルゲンガーとしての運命を変えてみせる。過ちを繰り返さず、次の幸せに繋げるために! そして、そのためには――急がないと、間に合わないかもしれない。 せつなは、すっかり冷めてしまった紅茶の残りを飲み干すと、勢いよく椅子から立ち上がった。 「おかあさん、ありがとう……。私――大切な用事を思い出したの。これからすぐに行ってくる!」 「そう。どこに行くつもりなのかは、やっぱり教えてくれないのね?」 「ごめんなさい。でも、どうしても私がやらなきゃならないことなの。みんなで、幸せゲットするために」 「なら、危ないことはしないって、約束してくれる? それと、必ず無事に帰ってくるって」 「うん、約束する。東せつなは、必ず無事に帰ってくるわ」 「ううん。そうじゃなくて、あなたが帰ってくるのよ」 それを聞いた瞬間、時が止まったような気がした。 何を言われたのかよく分からなくて、心配そうに自分を見上げるあゆみの瞳を、ただポカンと見つめる。 「ごめんなさい。変なこと言って、びっくりさせちゃったかしら? なんだか今のせっちゃんは、別の人のような気がして……。でも、今の積極的なせっちゃんも大好きよ」 「ありがとう。行ってきます――おかあさん」 その一言に、万感の思いを込めて。 せつなは、あゆみを喫茶店に残して、一人で店を出た。そして、ストリートを全速力で走り出す。 目指すはラブたちの元、四つ葉町公園のダンスステージ。 焦りはある――気持ちは逸る。 でも、その足取りは一陣の秋風のように、力強く、爽やかで、そして、これっぽっちの迷いもなかった。 幸せの赤い翼――翼の種子のパッション(イース対プリキュア)へ
https://w.atwiki.jp/fleshyuri/pages/174.html
〝コンコン〟 ノックの音。 聞こえてくるのはドアでなくて、窓ガラスの方。 夜も遅いこの時間。 この部屋に、ましてや窓からの来訪者となると一人しかいない。 だから部屋の主、桃園ラブは窓を向いて、にっこりと笑って声を掛ける。 「空いてるよ。どうぞ、せつな」 「うん……おじゃまします」 窓をカラカラと開ける音と共に、部屋に入ってきたのは枕を持った赤いパジャマ姿の少女。 ラブの隣の部屋の住人、東せつなだった。 「それじゃせつな、おやすみ」 「おやすみ」 電気を消した後、二人は枕を並べてラブのベッドにもぐりこんだ。 せつながこの家に来て、しばらくしてから始めたこと。 彼女がまだ時々悪夢にうなされていることを知ったラブが誘った。 いや、 「あたしが一緒にいれば、夢の中でもキュアピーチになって駆けつけて せつなを苦しめてる悪い奴をやっつけちゃうんだから!」 そんなことを自信たっぷりに言いながら、押しの強さに任せて応じさせたというのが正しいか。 最初は苦笑しつつ、ラブに誘われた日だけ付き合っていたせつなだったが、 今では自分からラブの部屋にやってくることの方が多くなった。 不思議と二人で一緒に寝ている時は、悪夢を見ることがない。 本当にラブに守ってもらっている、そんな気持ちになれる。 そして、ラブのぬくもりと寝息を間近で感じることが出来て、 そこにドキドキしている自分の心臓の音がリズムのように重なるこの空間がとても心地よい。 (前に読んだ本に書いてあったわね、こういうことは癖になるって……。本当なのね) 部屋とベッドを用意してくれたラブの両親に申し訳が無いので、流石に毎日ということはないが せつなにとってはこの時間はささやかな楽しみの一つになっていたのだ。 「ラブ、起きてる……?」 「ん、どしたの、せつな?」 「ちょっと、話をしてもいい?」 「うん、いいよ……。でもそれなら今日はドアから入って来れば良かったのに。 あ、もしかしてお喋りもしたいし一緒に寝たいってこと?せつなってば欲張りさんだなーっ!」 お喋りしたり、普通に過ごしたい時は、部屋のドアをノックすること。 一緒に寝たい時は、窓からノックする。 「一緒に寝たい」と口に出すのが恥ずかしいせつなの為にラブが決めたルールである。 「んもう、からかわないでよ。 ……ちょっとラブの顔見ながらだと話しづらくて」 「ごめんごめん、それで?」 「ラブは……私の名前をどう思う?」 「せつなの名前?それがどうかしたの?」 「ラブはこの前、自分の名前のこと、教えてくれたわよね」 カメラのナケワメーケとの戦いで、思い出の世界に閉じ込められたラブ。 その中で彼女は、祖父の源吉に再会した。 そして、自分の名前の由来を知った。 「ラブって名前は、お爺ちゃんが私の為に 愛情をいっぱい込めて名づけてくれたものなの」 あの時、ラブは仲間達に思い出の世界での出来事を説明した。 「愛情を持って何かをなしとげる子になってほしい」 それが彼女の名前に込められた源吉の思い。 それをみんなにも聞いてもらいたい、と思ったから。 「それをラブに教えてもらった時、私は……羨ましいと、思ったの」 「羨ましい?」 「だって、私の名前は……」 せつなの生まれた世界、管理国家ラビリンス。 そこは学校も、仕事も、恋愛も、結婚も、全てが管理された世界。 そして名前すらも。 彼女に与えられた名前はイース。 9桁の国民番号でお互いを識別するのは効率が悪いという理由だけで付けられた、固体識別名。 「東せつなは確かに今の私の、キュアパッションとして生まれ変わった名前よ。 でもこれも元は、この世界で正体を隠して行動する為に与えられたコードネーム。 イースもせつなも、ただ必要だから、与えられた名前」 それ以上の意味など持たない名前。 誰かの思いも、家族の愛情も込められていない名前。 「でも、イースだった時の私は、それを気にすることは無かった。 ラビリンスの全ては総統メビウスが決めること。 それが当然のことだったから。 でも、私はこの世界で、名前にも意味があることを知ってしまった。 ……知らないほうが良かった、かも」 「え?」 「だってそれは、私には決して手にすることの出来ないものだから」 「……」 「だから、ラブが、美希が、祈里が、 一人一人が愛情と思いが込められている名前を持つこの世界の人達が とても羨ましくて、そうで無い私が、少し寂しい、そう思うことがあるの」 「せつな……」 「……ごめんね、変なこと言って。さあ、もう寝ましょう。おやすみ、ラブ」 言葉と共に、部屋の中を沈黙が支配する。 その中でせつなは思う。 なんでこんな話をしてしまったのだろう。 みんなに囲まれて、優しくしてもらって、幸せをいっぱい貰っているのに、 私はまだ、人の幸せを羨んでいるんだろうか。 これがサウラーに言われた、私の心の闇なのかもしれない。 そうやって思考を巡らせているせつなを ――キュッ――― ラブがそっと抱きしめる。 「ラ、ラブ?!」 「せつな、また自分のことを悪く考えてるでしょ? あたしはいつだって、せつなのことを心配してるんだからわかっちゃうんだよ。 ……ダメだよ。そういうのは。 せつなはもっと自分のことを好きにならなきゃ。 そうしなきゃ本当の幸せはゲット出来ないんだよ? だから、せつなが自分を好きになれるように、私の愛で包んであげるんだからね」 そういうとラブはせつなをさらに抱きよせる。 ちょうどラブの胸元に頭を抱きかかえられるような姿勢になる。 「ラ、ラブ……これはちょっと…恥ずかしいわ」 赤面しながらそう小さな声で抗議するせつなだが、ラブは放してくれない。 (わ……ラブの体、やわらかい。それにとってもあたたかいし…… ラブの匂い……シャンプーの匂いがしてとっても良い匂い…… じゃなくて!) 次から次へと流れ込んでくるラブの情報に思考が押し流されて、完全に混乱するせつな。 だから、 「私は好きだよ、せつなって名前」 その中で発せられた言葉が最初の自分の質問への答えだと、一瞬理解出来なかった。 「え?え?ラブ、今、好きって……」 「うん、好きって言った。 だってせつなと出会ってからずっと呼び続けてきた名前だもの。 初めて名前を教えて貰った時も、せつながイースだとわかって悲しかった時も、 せつなが一人で苦しんでた時も、一緒に暮らすようになって、 せつなの笑顔がいっぱい見れるようになってからも、 ずっと、ずーっと呼び続けていた名前なんだよ? そこに、私のせつな大好きーーーーーーって気持ちをいっぱい込めてね」 そう言うラブの顔は、いつか見た笑顔。 まだ誤った道を歩んでいた時の自分に向けられた、全てを包み込む、慈愛に満ちた微笑。 あの時は眩しすぎて直視出来なかったその顔が、あの時よりも間近にある。 そこから伝わってくる、せつなを思う気持ち。 それとせつなを思う言葉とが、彼女の心の中の小さな闇を跡形もなく消滅させていく。 「うん……ありがとう、ラブ」 そして後に残ったのは、素直な感謝の気持ち。 それをせつなは、言葉と態度で--ラブを抱き返すことで形にする。 しばしの沈黙。 奏でる音は、寄り添う少女達の呼吸と互いを思う、心の音。 そんな時間がしばらく続く。 「あの……ラブ?!」 先に口を開いたのは、せつな。 「何?」 「そろそろ……放してくれない?本当に……恥ずかしいから」 それは、今にも消え入りそうな声での懇願。 「だーーーーめっ」 でもラブは笑顔で拒否。 「ええ?どして??」 「だってせつな、まだ自分のことを悪く考えてるかもしれないでしょ? あたしはいつだって、せつなのことを心配してるんだからまだまだ安心出来ません!」 「もう考えてない!考えてないから、だからは・な・し・て!」 「うっ!そんなに嫌がるなんて……せつな、もしかして私の事、嫌い?」 「なんでそういう話になるのよ!嫌いなわけないでしょ?」 「じゃあ大好きってことだよね、じゃあ、ラブさんが大好きなせつなとしては あたしを安心させる為にもう暫くこのままでいることを受け入れるべきだと思います!」 「その理屈はおかしいわよーーっ!」 「……」 「……」 またしばしの沈黙。 「……プッ」 「……ふふっ」 「あははははっ」 「クスクスクスクス」 笑い出したのは、二人同時。 抱きしめて、抱きしめられた姿勢のまま、暫く笑い合う二人。 「全く、ラブったら……今日だけだからね」 「え?ほんとに?」 「うん。ラブの気持ちをいっぱい貰ったから……そのお返し」 「やったー!これで朝まで幸せゲットだよっ!」 「朝までっていってもお母さんが起こしに来るまでよ。 こんなとこ見られて変に思われたら困るでしょ?」 「ええー、お母さんは別にそういうの気にしないよ?」 「私が恥ずかしいの!……もう寝るわよ!おやすみっ!」 「あ、まって、せつな。その前にもう一つだけ」 「何?」 一度深呼吸。 気持ちを落ち着かせて、首をかしげてこちらを見るせつなを真っ直ぐ見る。 「あのね」 「うん」 「『一瞬一瞬を大切にして、幸せに生きて欲しい』 ……これが、せつなという名前の意味なんだよ」 「!」 目を見張るせつな。 「一瞬一瞬を大切にして、幸せに……それが、私の名前の、意味?」 「あたしが込めた思いだけどね、えへ」 それは、ラブが最初にせつなの話を聞いた時に決めていたこと。 思いが無いと言うなら、私が込めてあげよう。 愛情も忘れてないし、当然だ。 せつなの為に、何かをしてあげる時には、いつでもたっぷり詰め込んでるんだから。 「ねえせつな、受け取って、くれる?」 照れくさそうに、ちょっとだけ不安を覗かせてせつなの顔を覗き込んで来るラブの顔。 それにせつなは柔らかい笑みで応えて、 「全く……ラブはいつでも、私の欲しいものをすぐにくれるんだから。 私、いつもいつも貰ってばかりで、心苦しいと思ってるのよ? それなのにこんなに大きいものを貰ってしまったら、心苦しさがいっぱいになって 押しつぶされちゃうかもしれないじゃない」 「え?それじゃ……ダメ?」 「ううん、そうじゃないわ。今まで貰ったどんなものよりも嬉しい。 最高のプレゼントよ、ラブ。喜んで頂くわ」 「よーし、やったー!これでまた、幸せゲットだね、せつな!」 ガッツポーズを取って喜ぶラブ。 そんな彼女の様子を見ながら、せつなは心の中でさっき貰ったばかりのラブの思いを反芻する。 (『一瞬一瞬を大切にして、幸せに生きて欲しい』か……) 何度も何度も、かみ締めるように言葉を繰り返すなかで、 ラブの思いに応えられるだろうかという一抹の不安がよぎる。 しかしそれをせつなはすぐに否定する。 大丈夫だ、きっと応えられる。 いや、応えてみせる。 だって、思いをくれたラブがいつでもそばに居てくれるのだから。 「ねえラブ」 「ん?」 だからせつなは、ラブが源吉の思いに応えることを誓ったように、誓いの言葉を口にする。 「私、精一杯、がんばるわ」
https://w.atwiki.jp/apgirlsss/pages/452.html
【キス=あいさつ?】/恵千果◆EeRc0idolE せつな「ねぇラブ、本を読んでてわからなかったんだけど、キスってなあに?」 美・祈「!!」 ラブ「あぁ~、それなら友達同士でするあいさつだよ。 簡単だから教えてあげる!口と口をくっつけるだけなんだよ」 せつな「こうかしら?」 ちゅ ラブ「クッハー!」 美希「せつな!アタシともあいさつして!」 祈里「私にも!」 せつな「わかったわ」 ちゅ ちゅ 美・祈「ムフフ…」 ラブ「みんなで幸せゲットだね!」
https://w.atwiki.jp/fleshyuri/pages/646.html
レス番号 作品名 作者 補足 1-888 美希たん萌え死!? 1-888 クローバーが誇る絶対的キャプテン美希!のはずでしたが… 2-6 【重大発表】 2-6 たはー!やっぱり終わらなかったぁー!助けてみんなぁー 2-10 A Little Cat 生駒◆ZU7CldKWo2 命尽きるとも、魂はここに宿りけり。 2-53 【3人仲良く・熱く・美しく】 2-53 妙な三角関係が繰り広げられる展開に。ダンス練習に身が入らない… 2-114 『天然』 ◆lg0Ts41PPY せつなの突拍子な行動に慌てふためく3人。それぞれの性格が上手に表現されてますよ。 2-140 Memories of Love 生駒◆ZU7CldKWo2 思い出。私には何も。ただ、気が付いた時にあなたがいてくれた。それだけで… 2-169 2-169 溜息。何度も付いてしまう。友情を取るか、愛情を取るか。恋いの悩みは果敢なく、時に切なく。 2-243 【告解:Confession】 ◆BVjx9JFTno 犯した罪。今、謝らないと絶対に後悔する。勇気を出して。ミユキさん、私… 2-583 「Stay Together」 ◆BVjx9JFTno せつなが占い出した近未来。離れていてもみんな一緒。だって〝絆〟だから。 2-833 「自由ね、貴方たち」 ◆BVjx9JFTno 日本の伝統美を教えて…ってちょーーーーーっと待ってェェェ! 3-6 【ハートの繋がり】 3-6 せつな視点で描くクローバー。感謝の心と優しい気持ちをあなたへ――― 3-159 「ブルンのチカラ」 ◆BVjx9JFTno クローバーがドーナツショップでお手伝い。勿論大繁盛!その訳とは? 3-588 「幸せの町」 3-587 伝説の戦士たちの未来予想図とは? 4-78 「ひめぐみ」 ◆BVjx9JFTno せつながデート!みんなが祝福!!相手は誰だ!? 4-318 『寄り添う四つ葉』 十和◆tb5qVrAOS. せつなを独り占めするラブに、美希とブッキーがいよいよ動き出す!? 4-339 「一日の終わりに」 ◆BVjx9JFTno 4-78続き。着せ替えラブちゃん、疲労困憊。4人は電車で帰宅途中。せつな視点で 4-389 よっぱらい 4-388 お酒は二十歳になってからよぉ~(レミ 4-493 「SweetHeart」 4-493 お互い、ほら。その……、どこまで進んでるかとか…。やっぱ気になるじゃない… 4-574 【浴衣萌え】 恵千果◆EeRc0idolE 18禁 お酒は飲んでも飲まれちゃダメよぉ~(レミ 5-206 【心込めて】 恵千果◆EeRc0idolE 秋は祈りの季節。お得意の裁縫で3人にプレゼント! 5-575 巡る季節と彼女達~夏・秋~ 547、557、feat.一路◆51rtpjrRzY 一路さん初の合作作品はちょっぴりH! 5-616 【パインのためいき】 5-616 優しすぎるがゆえの苦悩。ため息の数だけ、むなしさと寂しさが襲ってきて… 5-645 【彗星のかけら】 恵千果◆EeRc0idolE きらめく流星が眩しい夜空に、それぞれの恋人たちがおりなす愛の形。幸せをあなたにも。 5-706 「お泊りラプソディー」 686 689with生駒さん 始めてのまとめSSは新たな生駒ワールドへの案内状。ブッキー頑張る! 6-119 ハッピー☆セット 一路◆51rtpjrRzY まさに今が〝旬〟なSS!いろんな要素が詰まってるハッピーな展開にウキウキ~♪ 7-504 【真っ赤な衣装はサンタの証?~サプライズは突然に】 同志 かなりご無沙汰の合作SS。今回は一足お先にクリスマス気分を。大きなカレンダーの12月も見てね。 避-176 「羽ばたけ!!新生クローバー」 夏希◆JIBDaXNP.g せつなの思い。過去への苦悩と葛藤。それは焦りとなって彼女を襲う… 8-286 「くらべっこ」 ◆lg0Ts41PPY クローバーの成長具合はいかほどか?半ば強引な展開の先に待ってる物。いや、者とは… 避-293 「とりかえっこ」 黒BV◆BVjx9JFTno 18禁 まさかの一夜限定黒Ver。互いの〝彼女を〟交換~禁じられた情事が… 8-420 [内視鏡の先] ◆Q1Mj6sYQpI その奥先に見える物。その瞳に写る光景。まだまだ彼女には知らない未知数の世界がある。言葉がある。 避-320 それぞれの告白、そして旅立ち(前編) 夏希◆JIBDaXNP.g 45話で描かれなかった部分。それは〝贖罪〟について。捕らえ方に相違があるかもしれないので、ご注意願います。 避-327 それぞれの告白、そして旅立ち(後編) 夏希◆JIBDaXNP.g 親として出来る事。親友として出来る事。そして、せつなが今出来る事。気持ちが一つになった時、四葉町に光が。 避-351 幸せの赤いカギ(前編) 夏希◆JIBDaXNP.g 私の前に現れる少女。話はイースだった頃に遡って。それは3部構成でお送りするアナザーストーリー。 避-355 幸せの赤いカギ(中編) 夏希◆JIBDaXNP.g 幸せを感じれば感じる程襲ってくる物。そんな中せつなは倒れてしまう。彼女の前に現れたのは… 避-360 幸せの赤いカギ(後編) 夏希◆JIBDaXNP.g 幸せの使者として出来る事。せつなはもう…一人じゃない。あなたの力を――――精一杯受け止める!! 避-412 クローバーの初詣 夏希◆JIBDaXNP.g せつな視点で描かれる初めてのお正月。今年も精一杯、いろんな体験と思い出作ろう! 避-666 「灯った火」 黒BV◆BVjx9JFTno 18禁 限定黒Verリターンズ。燃えるハートはまだ冷めやらず。火照った体は正直な―――エロス 8-741 占いに願いを込めて 夏希◆JIBDaXNP.g 千香ちゃんのために出来る事。わたしと私の想いよ届け。そして、幸せは自分で掴み取ってね…と。 避-743 仮想49話 決戦! メビウスの城(前編) 夏希◆JIBDaXNP.g 最終決戦へ。それは互いを信じ、己の道を信じる事。天使VS闇との戦い 避-754 仮想49話 決戦! メビウスの城(後編) 夏希◆JIBDaXNP.g パインが、ベリーが、そしてピーチが。さらに今、復活する真のイースが突破口を!
https://w.atwiki.jp/apgirlsss/pages/212.html
帰ってきたせっちゃん TV本編後日談。東せつなの日常を描いたシリーズです。 レス番号 作品タイトル 作者 備考 第1話 『帰ってきたせっちゃん――ある日のせっちゃん。素直な気持ち――』 夏希◆JIBDaXNP.g せつなが居ない。この世界のどこにも、せつなは居ない。せつなが自分の夢を見つけたんだから、これでいいって思ってた。だけど――! 本当の気持ちが抑えきれず、駆け出すラブ。その時、ラブの手の中に何かがふわりと舞い降りて……。 第2話 『帰ってきたせっちゃん――ある日のせっちゃん。幸せを学ぶために――』 夏希◆JIBDaXNP.g 毎日この部屋を掃除する時間は、一日で一番寂しくて、そして大切な時間。あの子がいつ帰って来てもいいように。だって、ここがあの子の家なんだから。そんなある日、玄関から再び幸せが舞い込んで……。あゆみお母さんの、娘への思いを。 第3話 『帰ってきたせっちゃん――ある日のせっちゃん。おうちで夕ご飯――』 夏希◆JIBDaXNP.g ラブと一緒に夕ご飯を作って、家族4人で賑やかに食事をして、おかあさんと一緒に後片付けをして……。こんな当たり前の時間がとてもあたたかく、愛おしい。これが、家族――。再び四つ葉になった桃園家の、幸せなある夜のお話です。 第4話 『帰ってきたせっちゃん――ある日のせっちゃん。黄色いちょうちょ――』 夏希◆JIBDaXNP.g 晩御飯を食べて、宿題を教わって、二人だけのパジャマパーティーをして。ただ一緒に居るだけで笑顔が溢れて、この時間がいくらあっても足りなくて……。せつなが見た二匹のちょうちょも、きっと同じ。一緒に居るだけで楽しくて、踊らずにはいられないんだね。この青い空の下を、どこまでも――。 第5話 『帰ってきたせっちゃん――ある日のせっちゃん。クローバーで遊園地――』 夏希◆JIBDaXNP.g 遊園地で人気のジェットコースターやお化け屋敷。どれもわざわざ恐怖を体験させるものなのに、人々はそれを楽しんでいる。どして――? 仲間たちに連れられて、初めて遊園地を訪れたせつな。そこで彼女が見つけたものとは……。 第6話 『帰ってきたせっちゃん――ある日のせっちゃん。母の日のプレゼント――』 夏希◆JIBDaXNP.g 今日は母の日。お母さんにプレゼントを渡して、日頃の感謝を伝える日。私もラブと一緒にカーネーションを買って、お掃除や晩御飯作りを頑張って。でも何か足りない。伝えきれない。私がどれだけお母さんに感謝してるか。大好きって思ってるか――。悩めるせつなに、あゆみは……。 第7話 『帰ってきたせっちゃん――ある日のせっちゃん。ラブとせつなの料理対決――』 夏希◆JIBDaXNP.g たとえどんなご馳走だって、家族と……あなたと食べるご飯には敵わない。たとえ苦手な物だって、ほら、こんな幸せに姿を変える――。夕食当番の日、買い出しに来たスーパーから始まった、ラブとせつなの真剣勝負! 桃園家の幸せな食卓の風景を、あなたに。 第8話 『帰ってきたせっちゃん――ある日のせっちゃん。雨の日のお出かけ――』 夏希◆JIBDaXNP.g 雨が続いて気持ちが塞ぐ季節にも、その季節ならではの楽しみ方があって、その季節ならではの意味があって……。鮮やかなレインコートドレスに心躍らせ、この世界の美しさと優しさを噛みしめるせつな。窓に吊るされた小さな人形は、てるてる坊主?ふれふれ坊主? 第9話 『帰ってきたせっちゃん――ある日のせっちゃん。父の日のプレゼント――』 夏希◆JIBDaXNP.g きっと雨の季節になるたび、今日のことを思い出すだろう。傘の下で、少し照れ臭そうにおとうさんが話してくれたこと――おとうさんも、家族に少しでも近づきたいって気持ちを抱えていたっていうこと。血の繋がりはなくても、家族は似ていくっていうこと。今日は父の日。おとうさん、ありがとう。 第10話 『帰ってきたせっちゃん――ある日のせっちゃん。蛍を探せ!――』 夏希◆JIBDaXNP.g 「曇りの日でも見られる星空があるって知ってる?」梅雨のある夜、家族に連れられて山の中にやって来たせつな。でも目当てのものは現れなくて……。何とかしてみんなを笑顔にしたい。せつなの想いが、初夏の一夜に美しい光の奇跡を呼び覚ます――! 第11話 『帰ってきたせっちゃん――ある日のせっちゃん。短冊に願いを込めて――』 夏希◆JIBDaXNP.g 初めて聞いた七夕の物語は、とても悲しいお話だった。星空に願いを懸けるこの日、私の願いは――正しい願いは、一体何だろう……。悩めるせつなと、彼女を見守る家族それぞれが、短冊に込めた願いとは。 第12話 『帰ってきたせっちゃん――ある日のせっちゃん。メジロの雛を守れ!――』 夏希◆JIBDaXNP.g こんな小さな生き物にも、親と子の命を懸けた幸せがある――。とある建設現場で、メジロの巣を見つけた祈里とせつな。巣の中には三つの卵が息づいていて……。懸命に生きる親子の姿に、せつなの中に溢れ出した想いとは。 第13話 『帰ってきたせっちゃん――ある日のせっちゃん。海水浴の思い出――』 夏希◆JIBDaXNP.g どんなに立派な砂のお城もいつかは壊れてしまう。楽しくてはしゃいだり、張り切り過ぎて失敗したり。そんな時間もすぐに流れて消えてしまう。だから私は覚えておこう。楽しかったこと。綺麗だった景色。みんなとの時間の全部を。いつか誰かに伝える日のために。今日の記念の、巻貝の宝物と一緒に。 第14話 『帰ってきたせっちゃん――ある日のせっちゃん。クローバーフェスティバル――』 夏希◆JIBDaXNP.g せつなにとって二度目のクローバーフェスティバル。浴衣を着て、屋台をまわって、ダンスコンテストとトリニティのステージを見て――そこでラブの様子が変わる。次々と目にするイベントの数々に、様々な想いが巡る心。祭りの後、せつなが抱いたある決心とは……。 第15話 『帰ってきたせっちゃん――ある日のせっちゃん。四つ葉中学文化祭(前編)――』 夏希◆JIBDaXNP.g 文化祭の演目「ロミオとジュリエット」。恋物語でなくその生き様が、せつなの中の何かを呼び覚ます。隣で見つめるラブを、不安に陥れる程に……。 第16話 『帰ってきたせっちゃん――ある日のせっちゃん。四つ葉中学文化祭(中編)――』 夏希◆JIBDaXNP.g せつなの想いは、あたしが受け止める! スイッチが入ったラブ。孤高なまでに役を生きるせつな。荘厳にして流麗な言の葉に乗せて、二人の心が今交錯する! 第17話 『帰ってきたせっちゃん――ある日のせっちゃん。四つ葉中学文化祭(後編)――』 夏希◆JIBDaXNP.g ついに本番の幕が開く。演技で無く本心を謳いあげる主役たち。悲劇のラストへと突き進む中、ラブは……。そして静かに交わされる、二人の想いとは。 第18話 『帰ってきたせっちゃん――ある日のせっちゃん。せつなが帰る日(前編)――』 夏希◆JIBDaXNP.g 夢って何なのか。自分の幸せはどこにあるのか…。ラブの決意に、別れの時を思うせつな。出口を求めて暗闇を彷徨う彼女に、ラビリンスからの通信が……。 第19話 『帰ってきたせっちゃん――ある日のせっちゃん。せつなが帰る日(中編)――』 夏希◆JIBDaXNP.g 「せつなは、帰ってきたんじゃなかったの」それぞれの想いを胸に駆ける仲間たち。そして何かに導かれるように歩きだしたせつなの前に、現れたのは……。 第20話 『帰ってきたせっちゃん――ある日のせっちゃん。せつなが帰る日(後編)――』 夏希◆JIBDaXNP.g 置き去りにされた夢。それを手にして知る、本当の自分の姿。自分の夢もみんなの夢も、一緒に追いかけていこう。いつか世界中を、笑顔と幸せでいっぱいにするために。 第21話 『帰ってきたせっちゃん――ある日のせっちゃん。幸せの青い鳥――』 夏希◆JIBDaXNP.g 美しい湖のほとりで出会った、一人の少女。彼女がスケッチブックの中で教えてくれた、「命が宿る」という言葉の意味。幸せの青い鳥に導かれ、せつなは今日も、大切な一歩を踏み出す。 第22話 『帰ってきたせっちゃん――ある日のせっちゃん。四つ葉中学体育祭(前編)――』 夏希◆JIBDaXNP.g (これまでにないくらい、楽しい体育祭にしてみせる!)実行委員に選ばれたせつなの、意外すぎる提案。戸惑う級友たちにも、次第に、彼女の精一杯の想いが伝わって……。 第23話 『帰ってきたせっちゃん――ある日のせっちゃん。四つ葉中学体育祭(後編)――』 夏希◆JIBDaXNP.g 選手宣誓で幕を開けた体育祭。皆の大健闘に一喜一憂の中、アクシデントが……。クラスの大声援を背に受けて、ラブからバトンを受け取ったせつなが今、幸せのゴールに向かって怒涛の疾走を見せる! 第24話 『帰ってきたせっちゃん――ある日のせっちゃん。空が荒れる日――』 夏希◆JIBDaXNP.g 初めて見た。普段は美しい自然が、恐ろしい顔で牙を剥く様を。その無残な爪痕を。そして…肩を寄せ合い手を取り合って、それでも笑顔で立ち上がる、人々の姿を。 第25話 『帰ってきたせっちゃん――ある日のせっちゃん。パジャマパーティー――』 夏希◆JIBDaXNP.g 楽しいお泊り会で初めて目にした、幼い頃の仲間たちの写真。友が示す、遅すぎた出会いの意味。四人で枕を並べる幸せな夜は、せつなに優しい贈り物を連れて来て……。 第26話 『帰ってきたせっちゃん――ある日のせっちゃん。クリスマスの奇跡――』 夏希◆JIBDaXNP.g 大切な人と贈り物を贈り合うのって、凄くあったかくて素敵なこと。もし子供の頃、サンタさんからの贈り物を貰っていたら、それも同じくらいあったかいと感じたのかしら――。冬のある日、せつなが助けた一人の老人。彼はせつなに優しく笑いかけて……。 第27話 『帰ってきたせっちゃん――ある日のせっちゃん。大晦日の約束――』 夏希◆JIBDaXNP.g 餅つきに大掃除。お買い物にお節料理作り。四人で迎える初めてのお正月。その準備のさなかにも、私と過ごす時間を大切にしてくれる家族のあたたかさを感じる――。遠くから微かに聞こえる除夜の鐘を聞きながら、せつなの胸に去来する想いとは。 第28話 『帰ってきたせっちゃん――ある日のせっちゃん。初夢の夢占い――』 夏希◆JIBDaXNP.g 新年に最初に見る夢は、一年の吉凶を占うという。せつなが見た初夢は、彼女に何を語りかけるのか。そして彼女自身が出した、夢占いの結果とは? 第29話 『帰ってきたせっちゃん――ある日のせっちゃん。天まであがれ!(前編)――』 夏希◆JIBDaXNP.g 時代の変化は仕方のないこと? でもそのために幸せの輪から外れそうな人は、どうすればいいの? お正月、ひょんなことから凧職人のおじいさんと知り合ったせつな。「いや、もう凧作りはやめた」の一点張りの彼に、せつなが持ち掛けたとんでもない勝負とは!? 第30話 『帰ってきたせっちゃん――ある日のせっちゃん。天まであがれ!(後編)――』 夏希◆JIBDaXNP.g 最初から上手く行くなんて思ってなかった。だけどここまで手こずるなんて! 懸命にせつなに協力するラブ、美希、祈里。それぞれのやり方で応援するあゆみと圭太郎。そして町の人々が見守る中、ついにその時が――! 第31話 『帰ってきたせっちゃん――ある日のせっちゃん。ひな祭りの雛人形――』 夏希◆JIBDaXNP.g どうしてこの世界にも、受験なんてものがあるんだろう。それでいて、どうしてこの世界には、こんなにも行事が多いのだろう――。せつなの疑問を、艶やかな七段飾りの雛人形が見守る。桃園家に、春近し。
https://w.atwiki.jp/apgirlsss/pages/580.html
四つ葉になるとき ~第3章:癒せ!祈りのハーモニー~ Episode13:幸せのカチャーシー 「ありがとうございました!」 いつもよりも、なお一層張り切ったラブの声に、飛行機の出口で見送る乗務員さんが、ニコリと笑う。 「行ってらっしゃいませ。」 穏やかな声で丁寧なお辞儀をされ、私も慌てて頭を下げて、ラブの後を追った。 飛行機から降りた私たちを、驚くほど暖かな空気が包む。 四つ葉町から遠く離れた南の島に、高速で運ばれた――その実感に、初めてこの世界に降り立ったときの情景がよみがえった。 (異空間ゲートから外に出たら、辺りが眩しくて驚いたっけ。それに空気にも微かに、何だか不思議な匂いを感じた・・・。) その匂いの正体が、生命力溢れる春の草花の匂いだと知ったのは、しばらく経ってからのこと。「春」も「草花」も、そして溢れんばかりの光も、生まれ故郷のラビリンスには無いものだった。 (あのときあんなに驚いた光景にも、いつの間にか、もうすっかり慣れてしまったけど。) 心の中でそう呟いて、無機質だけど明るい、空港の廊下を進む。 沖縄――日本列島の南に位置する島々。古くは琉球王国という国家があった場所。そして七十年ほど前の戦争では、日本で唯一戦場になって、多くの犠牲者を出した場所――。修学旅行の事前学習で勉強したことだ。 何度も多くの不幸に見舞われながら、独自の文化を築き、現在は旅行者にとても人気のある場所だと言う。それを聞いたときは、何だかホッとしたような、でもまるでイメージが湧かないような、不思議な感じがした。 (この旅の間に、この場所の幸せの形を、ほんの少しでも見ることが出来るかしら・・・。) そう思ったとき、どん、とラブが私の肩にぶつかって来た。 「どうしよう。ホントに来ちゃったよ、せつな!」 ラブの大きな目は、キラキラを通り越してウルウルと潤み、頬は赤く上気している。 ラブは、とにかくこの旅行が楽しみで楽しみで、昨日は興奮のあまり、まだ夕ご飯も食べないうちから、今夜は眠れないよ~!と叫んで、おば様に呆れられていた。 あのときのラブの顔が、今の顔に重なって見えて、思わずクスリと笑みがこぼれる。 「落ち着いて、ラブ。」 「落ち着いてなんかいられないよ。だってここは、沖縄なんだから~!」 どうしてそこで、くるくると回るんだろう。おまけに片膝立ちでポーズまで決めたりして・・・。 この調子では、落ちつけ、と言う方が無理みたい。それどころか、こんなに嬉しそうなラブを見ていると、私の方までドキドキワクワクしてくるから不思議だ。 「早くしないと、置いてかれちゃうわよ。」 私は、頬がニヤけるのを我慢して澄ました顔を作ると、放り置かれたラブのスーツケースの後ろを、わざと足早に通り過ぎた。 四つ葉になるとき ~第3章:癒せ!祈りのハーモニー~ Episode13:幸せのカチャーシー 三線(さんしん)の音色が、のんびりと響く。せつなは、識名園の建物の縁に腰掛けて、じっとその音に耳を傾けていた。 普段聞き慣れている音楽とは、まるで違う旋律。何だか物悲しいようでいて、明るく飄々としているような、不思議な印象を受ける。 この識名園は、二百年ほど前に造られた、琉球王家の別邸だという。王家の人々が別荘として使ったり、外国の使者の接待に使われたりしたらしい。 「なぁ、健人。ひょっとしたら、俺が座ってるこの場所に琉球王が座って、庭を眺めてたかもしれないな。」 縁側で足をぶらぶらさせながら、何故か得意げな裕喜に、健人が穏やかに頷く。 「そうですね。王と王妃が、ここでお茶を飲んでいたり、庭で王子が駆け回っていたり・・・。少なくとも、僕らみたいな庶民がおいそれと出入りできるような場所じゃなかったんですよね。」 「とか言って、健人。お前ん家のご先祖様なら、出入り自由だったりしたんじゃねえの?」 「まさか。裕喜君、ここ沖縄ですよ?」 笑い合う二人の会話を聞きながら、せつなは、なるほど、と太くてゴツゴツした柱を見上げる。 琉球王家という、今はもう消えてしまった権力者。そんな一族のお屋敷が、二百年もの間保存され、修復されて、人気の観光地になっているという事実は、せつなにとってはとても大きな驚きだった。 建物とは、そこに人が住んでいるから訪れるものではないのか。今は誰が住んでいるわけでもない古い建物に、なぜそんなに人が集まるのか――。いくら考えても分からなかった答えが、この場所に立ち、二人の会話を聞いて、ほんの少し見えてきたような気がする。 琉球文化と中国文化の融合だと言われる幾つもの建物と、広大な庭園。その姿形は、ただの古い建物と言うには、余りにも美しかった。ひとつひとつの建築には、確かに昔のものだと思える素朴さがあるが、何だかそれがこの場所の、豪華でいながらのどかな雰囲気を形作っているようだ。 (それに、ここにこうしていると、まるで・・・) 「せーつなっ!」 不意に、ラブが隣に座って来て、せつなの物想いを破る。三線を弾いていた老人は、いつの間にか居なくなっていた。 「広い庭だよね~。お母さんが見たら、掃除が大変!って言いそうだよ。」 変な感心の仕方をするラブに、せつながクスクス笑う。 「そうね。でも王家の庭なんだから、お掃除をする人も、きっとたくさん居たんじゃないの?」 「そうだよね。お掃除をする人や、池の魚の世話をする人や、植木屋さんなんかもいたよね、きっと。 あと、大工さんに左官屋さんに、それから、お料理する人もいーっぱい居てさぁ。それに、王様に、お妃様に、子供たちに・・・家来がたくさん!」 「クスッ・・・ラブったら、王様がそんなに後ろの方なの?」 悪戯っぽい目を向けるせつなに、ラブは、アハハ~と頭を掻いてから、庭の方に向き直った。 「そんなたっくさんの人たちがさ。遠い昔、ここで生きてたんだなぁって思ったら、何だか凄いね。」 「・・・凄い?」 「うん。きっと毎日どこかで、誰かの嬉しいことや、別の誰かの哀しいことがあってさ。それを、池や木や、この柱がずーっと見て来たのかなぁって思ったら、今ここにこうしてあたしたちが座ってるのが、何だか不思議で、凄いなぁって思わない?」 ねっ!とせつなの顔を覗き込んだラブは、そこに、きょとんとこちらを見つめる赤い瞳を見つけて、目をパチクリさせた。 「なんか・・・あたし、ヘンなこと言った?」 「ううん。その・・・私も今、ラブと同じこと考えてたから・・・。」 言い終わる前から赤くなった頬を隠すように、せつなはラブの真似をして、緑豊かで広大な庭に目をやる。 「私ね、ラブ。ここに来るまで、文化遺産って、よく分からなかったの。そんな昔の建物を見て、何が楽しいのかなぁって。でも、少しだけ分かった気がする。 昔の人たちはもう居ないけど、その人たちが生きて来た場所へ来て、その人たちの生活を思い浮かべることで、その時代が少しだけ、心の中に蘇るのね・・・「時」を感じるって言ったらいいのかしら。 そしてこの場所が、今こんなにのどかで、こんなにきれいに保存されているから、蘇るのは、何だか幸せな「時」ばかりのような気がするわ。」 美希がいたら、「それが歴史のロマンよ」なんて言うのかしら・・・そんなことを思いながら、フッと小さく微笑むせつな。その顔を、ラブは一瞬、この上なく愛おしそうに眺めてから、大きく明るい歓声を上げた。 「やったー!せつなにそう言われると、あたし、何だかすっごく良いこと言った!って気がするよ。」 必要以上に胸を張り、エヘン、とふんぞり返ったラブが、そのままバランスを崩して、板の間にあおむけに倒れる。 だいじょぶ?と言いながら楽しそうに笑うせつなの黒髪を、暖かな南風が、優しく撫でた。 ☆ その日は那覇で一泊し、次の日は朝から自由行動となった。三時に再びホテルの前で集合するまで、事前に計画したコースを、グループごとに廻るのだ。 グループの構成は五人一組。ラブとせつなは、大輔、裕喜、健人の男子三人と一緒だった。 沖縄では唯一の電車である、まだ出来て日の浅い「ゆいレール」に乗って、首里駅へ向かう。ここからバスに乗り換えて、まずは琉球王国の都として栄えた首里城を目指すのだ。 しかし、首里駅で降りてみると、そこは観光地らしからぬ、あまりにも普通の街並みだった。 「おい、大輔。バス停って、どこにあるんだよ。」 「うーん、バスで首里城に行ったことなんか、ねえからなぁ。」 ガイドは任せろ、と言っていた大輔も、困った顔でキョロキョロと辺りを見回す。と、そのとき。 「あ~れ、あんたたち。首里城に行くなら、このバス停だよぉ。」 少し語尾を伸ばし気味の、のんびりとした声が、五人の後ろから聞こえた。 振り返ると、大きな荷物を足元に置いた小柄なおばあさんが、ニコニコと人懐っこそうな笑顔を見せている。その場所が、首里城公園へ行くバスが走る、小さなバス停らしかった。 「ありがとう、おばあちゃん!」 「ありがとうございます!」 ラブとせつなが、真っ先におばあさんに駆け寄る。男子三人も、口々に礼を言いながら、二人の後に続いた。 「おばあちゃんも、首里城に行くの?」 ラブの問いに、おばあさんは笑顔のまま首を横に振る。 「いやぁ、わたしはこれから息子の家に行くんだよ~。」 おばあさんは五人の様子を眺めてから、せつなにニコリと笑いかけて、修学旅行かねぇ?と尋ねた。 ええ、と頷いて、せつなは改めておばあさんの顔を見つめる。額や目尻に数多くの皺があるものの、色艶の良い丸顔。少しウェーブのかかった髪は、白髪を染めたばかりのようで、黒々として若々しい。 顔は全然似ていないけど、おば様が歳を取ったらこんな雰囲気になるのかも・・・そんなことを考えていたせつなの眉が、ぴくりと上がった。後ろに並んだ男子三人から、何やら緊張しているらしい気配が伝わってきたのだ。続いて、バス停に近付いてくる複数の足音。 そっと後方を窺うと、そこに立っていたのは、ガイドブックを覗き込んで首を捻っている、二人の外国人だった。ブロンズの髪に青い目の長身の男と、縮れた黒い髪に褐色の肌の、がっしりとした体躯の男。そのブロンズの方が、男子たちを見回して、エクスキューズ・ミー、と声をかけた。 うへっ、と叫んで、こそこそと健人の後ろに隠れる裕喜。健人は爽やかな笑みを顔に貼り付かせながら、その目は男を通り越して、遥か彼方を見つめている。 「ハ、ハーイ!」 大輔が仕方なく、おっかなびっくりといった様子で、男に向き直った。 “首里城に行くバスは、このバス停に停まるかい?” おそらく精一杯ゆっくりと発音された英語。残念ながら、三人とも全部は聞き取れなかったようだが、必死の表情で彼の口元を見ていた大輔の顔が、ある単語を聞いて、ぱっとほころんだ。 「首里城!イエース!ディス・・・ディス・・・おい裕喜、バス停って英語で何て言うんだ?」 「えーっ、俺~!?」 「バ、バス・ストップですよ、大輔君!」 慌てふためく三人を尻目に、ラブが満面の笑みで、男の前に飛び出す。 「ハロー!アイ・アム・首里城!レッツゴー!」 「ちょっと、ラブ!それじゃ『私は首里城です』って言ってるわよ!」 今度はせつなが慌てて二人の間に割って入る。 何だかあたふたと浮き足立っている五人の中学生に向かって、ブロンズの男は、芝居がかった様子で両手を広げた。 “オーケー、ありがとう。ここでバスを待って、君たちに付いていけばいいんだね?” そう言うと、せつなに向かってパチリとウィンクする男。黙って成り行きを見守っていた縮れ毛の男も、ニッと白い歯を見せる。 おばあさんが楽しそうに、クク・・・と笑い声を漏らした時、最高のタイミングで、一台のバスがやって来た。 「おばあちゃん、荷物持つよ。」 よっこらしょ、と大荷物を持ち上げようとしているおばあさんの手を、ラブが優しく押さえる。 「ラブ、こっちは私が持つわ。」 ラブとせつなの二人で、バスの中におばあさんの荷物を運び込んだ。 「ありがとね~。ほれ、あんたたちも、乗った乗った~。」 ゆったりとした動作でがま口を取り出しながら、おばあさんは後ろに居る男たちを、先に行けと促す。 「じゃ、お先っす!」 裕喜を先頭に男子三人組が乗り込んで、ラブとせつなの後ろに陣取った。ホッと一息ついたラブたちだったが、後の三人が入り口でもたもたしているのを見て、腰を浮かせた。 どうやら外国人二人が、バスの運賃が分からずに立ち往生しているらしい。 「あたし、行ってくる!」 真っ先に飛び出したラブに、せつなが急いで続く。その時。 “百五十円だよ。” 大きくてハッキリとした、でも何となく語尾を伸ばし気味の英語が、バスの入り口から聞こえて、ラブもせつなも、思わず立ち止まった。 “そうそう。この硬貨と、あと・・・ああ、これね。” 二人の男の手元を覗き込んで、小銭を選んでやっているのは、さっきのおばあさんだった。 ブロンズの男が、ホッとしたように小銭を払い、席に着く。同じく小銭を払った縮れ毛の男は、バスに乗り込もうとするおばあさんに、さっと右手を差し出した。 「てんきゅー。」 優雅に微笑んで、ゆっくりとその手を取るおばあさん。男はそのまま彼女をエスコートして、ラブとせつなのちょうど前の席に、彼女を座らせた。 「おばあちゃん、英語凄いね!発音も完璧っ!」 早速身を乗り出すラブに、おばあさんは顔の前で手をひらひらと振った。 「なぁに、若い頃に覚えただけさ~。」 そう言って、おばあさんはせつなに視線を移し、何とも無邪気に笑ってみせる。その顔を、せつなはまるで引き付けられるように、まじまじと見つめた。 ここ沖縄は、長い間アメリカに統治されていたという歴史も持っている。そして今でも、アメリカ軍の基地が、広大な敷地を占めている。 お年寄りの中には、様々な理由から、場合によっては死に物狂いで英語を身に付けた――身に付けなければならなかった人々がいることを、せつなは本で読んだことがあった。 彼女がその一人だったかどうかは分からない。だが、さっきの英語は、ラブたちのような学校で習った発音や文法ではなくて、いかにも耳で覚えた英語らしかった。 (もしかしたら生きていくために必死で身に付けたのかも知れないものを、この人は軽やかに、人の幸せのために使っている・・・。) その顔から目が離せないでいるせつなに、おばあさんは一瞬だけ不思議そうに瞬きをしてから、もう一度、今度はさっきより優しい眼差しで微笑んでみせた。 「ところでおばあちゃん。ずいぶん大きな荷物だけど、息子さんへのお土産?」 ラブの問いに、せつながやっと我に返る。おばあさんの方は、それを聞いて今までで一番嬉しそうな顔をした。 「ただのお土産じゃないよ~。実はねぇ、今日は孫の結婚式でね~。」 「へぇ~、おめでとう!おばあちゃん。」 「おめでとうございます!」 ラブとせつなに口々に祝福されて、おばあさんの目が糸のように細くなる。 「そうだ。ねえ、おばあちゃん。沖縄の結婚式ってどんなの?」 再び身を乗り出すラブの隣で、せつなが小首を傾げる。 「ラブ。結婚式って、場所によって違いがあるの?」 「うーん、あたしもよくは知らないんだけど・・・結婚式って、昔っからの幸せイベントだからさ。 その土地に伝わるお祝いの仕方とか、幸せアイテムとか、色々ありそうな気がして。ほら、沖縄って、音楽とか食べ物とかも、色々違うじゃない?」 ラブの言葉を聞いて、おばあさんがちょっと考え込む。 「別に~、大して珍しいことはしないよぉ。今は若い人たちが、自分たちの好きなやり方で式を挙げるしねぇ。ああ、でも・・・」 おばあさんはふと思いついたようにそこで言葉を切ると、茶目っ気のある顔つきで、ラブとせつなを見つめた。 「幸せイベントって意味では、最後は大抵、カチャーシーになるねぇ。」 「・・・かちゃーしー?」 「何ですか?それ。」 揃って不思議そうな顔をする二人に、彼女は満足そうにニヤリと笑う。 「沖縄の踊りさ~。カチャーシーって言うのは、“かき混ぜる”って意味の言葉でねぇ。」 そう言って、おもむろに両手を頭の上にあげたおばあさんは、その手をリズミカルにゆらゆらと動かし始めた。 「こうやって、今の幸せをかき混ぜるのさぁ。」 「幸せを・・・かき混ぜる?」 「そうさ~。 若い人たちの幸せや、それを祝う親たちの幸せをかき混ぜて、みぃんなで分け合ってね~。 初めて顔を合わせた新郎の親族も、新婦の親族も、みぃんなで仲良くかき混ぜ合ってね~。 嬉しい気持ちも、お祝いの気持ちも、みぃんなの気持ちをかき混ぜて、大きな大きな幸せにするのさぁ。」 バスの座席に座ったまま、実に軽やかにリズムを取ってみせるおばあさんの姿に、ラブが「わはっ!」と小さく歓声を上げ、せつなも目をキラキラさせて身を乗り出した。 「そっかぁ。沖縄の結婚式には、そんな素敵な踊りがあるんだねっ!」 ラブの言葉に、おばあさんがゆっくりと首を横に振る。 「結婚式だけじゃないんだよ~。みんなでお祝いしたいとき。みんなで盛り上がりたいとき。それから、苦しくても、みんなで元気を出そうってとき。沖縄では、いろ~んなときに、カチャーシーを踊るのさ~。」 「じゃあ、楽しいときにだけ踊るんじゃないってことですか?」 せつなが問いかけると、おばあさんはまた、優しく微笑んだ。 「そうさ~。私はまだ小さかったけど、戦争で負けて、何もかも失くしてしまったときにもね。指笛に合わせて、みんなで踊ったんだよ。生きてて良かった、一緒に居られて良かった、ってね。 今思うと、大人の人たちも、そうやってみんなで幸せを繋げて、元気に変えていたのかもしれないね~。悲しいことも辛いこともあるけど、小さな幸せをかき混ぜて、大きくして、明日の喜びに繋げていこうってね~。」 「幸せを、繋げて・・・。」 小さな声でせつなが呟いたそのとき、車内に停車のアナウンスが聞こえてきた。 おばあさんは、ひらりと右手の甲を返すと、踊るような手つきのまま、バスのブザーを押した。 バスの出口まで、ラブとせつなが荷物を運ぶ。すると、一人の若者がバスに乗って来て、二人にぺこりとお辞儀をした。 「ああ、私の孫さ。今日結婚する子の、弟だよ~。」 おばあさんに紹介されて、若者が人懐っこい笑顔を見せる。笑った顔が、おばあさんに実によく似ていた。 「さよなら、おばあちゃん。結婚式、楽しんで来てね!」 明るく声をかけるラブと、その隣でニコニコと見送るせつな。バスから降りたおばあさんは、二人に丁寧に頭を下げると、また目を糸のように細くして、晴れやかな笑顔を見せた。 「ありがとうね~。あんたたちも、沖縄をたぁっぷり楽しんでよ~。」 大荷物を抱えた孫を見上げて何事か話しかけながら、ゆっくりと去って行く後ろ姿。その少し丸い背中が、せつなにはとても大きく、力強く感じられた。 ☆ 修学旅行三日目は、シーサーに色を付けて自分だけのお土産を作るという、体験学習から始まった。 やって来たのは琉球村という、古い民家がたくさん移築されたテーマパーク。その一角で、生徒たちはグループごとに長机に座り、漆喰でできたシーサーに、思い思いの色を付けていく。 作業が終わると、琉球村の散策の時間。ここには様々な古い民家があるだけでなく、実際にヤギが飼われていたり、家の中で機織りをする人が居たりと、より「村」の雰囲気が味わえる演出がなされていた。 ヤギに餌をあげているラブの隣で、せつなが一心に機織りの様子を見ていると、機の前に座っているおばさんが声を掛けて来た。 「お嬢さんたち、もう少ししたら、中央広場で「道ジュネー」が始まるよ。」 「道ジュネー?」 「沖縄の伝統芸能の、パレードのことよ。沖縄ならではの色々な踊りやショーがあってね。そして最後は、お客さんも一緒になってカチャーシーを踊るの。」 「カチャーシー!?」 ラブとせつなの声が揃う。おばさんは面白そうに、二人の顔を見比べた。 「踊れるのっ?カチャーシーが。」 「ああ、お客さんも自由参加だよ。お嬢さんたち、よく知ってるねぇ。前にも沖縄に来たことがあるの?」 おばさんの問いかけに、二人は顔を見合わせて、ウフフ・・・と笑う。 「昨日、首里城へ行くバス停で会ったおばあちゃんが教えてくれたの。沖縄の結婚式では、最後は必ずカチャーシーを踊るんでしょ?」 得意げに尋ねるラブに、おばさんは笑顔で頷く。 「そうだねぇ。あたしのときも、みんなが一緒に踊ってくれたっけ。」 懐かしそうにそう言ってから、おばさんはちらりと腕時計に目を落とした。 「ほら、良い場所で見たければ、そろそろ行った方がいいよ。中央広場は、真っ直ぐ行って左だからね~。」 ラブとせつなが広場に着いたときには、二人の級友たちも、もう半分くらいがそこに集まっていた。 やがて太鼓の音と共に、道ジュネーが始まる。あでやかな衣装を身にまとった女性の舞いや、勇ましいエイサーという踊り、大きくて派手な獅子がどこかユーモラスに踊る沖縄風の獅子舞など、色鮮やかでバラエティに富んだ演目が、人々の目を楽しませる。 やがて、真っ白に白粉を塗った道化役が観客に向かって手招きし、三線と指笛が、軽快な音楽を奏で始めた。いよいよカチャーシーの始まりだ。 「せつなっ、あたしたちも行こう!」 「ええ、もちろんよ!」 満面の笑みで振り向くラブに、せつなも笑顔で頷く。男子三人組も他の級友たちも、三々五々、踊りの輪の中に入って来た。 みんな見よう見まねで両手を上げて、ひらひらと動かす。 「あれぇ、なんか違う・・・。」 「ラブ、それじゃ盆踊りじゃねえかよぉ。」 相変わらず小競り合いをしている二人をそのままにして、せつなは軽快に踊りの輪の中を練り歩く。 「お嬢さん、上手だねえ。やっぱり前にも踊ったことあったんじゃないの?」 綺麗な紫色の着物の人が、せつなに声を掛ける。驚いて顔を見ると、それはさっき機織りをしていたおばさんだった。 「いいえ、初めてです。でもきっと、最初に教えてくれた先生が良かったんだわ。」 昨日のおばあさんの笑顔を思い浮かべながら、嬉しそうに答えるせつなに、おばさんもニコリと笑う。 「そう、そりゃ良かった。その幸せ、しっかりかき混ぜてね~。」 「・・・はい!」 おばさんと別れ、また踊りの輪の中を歩きながら、せつなはこの旅で出会った様々なことを思い出す。 幸せを繋げる、と昨日のおばあさんは言っていた。それを聞いて思い出すのは、一日目に行った、識名園の風景だ。今はもう居ない昔の人たちの暮らしが、その幸せが、確かに今に繋がっているような、そんな気がする場所だった。 昔の人の想いは今に繋がって、今の沖縄を作っている。全てを失った戦後の沖縄で、大人たちが踊ったカチャーシーが、当時子供だったおばあさんに繋がっているように。そして今のおばあさんの幸せは、祝福の気持ちは、おばあさんの息子さんやお孫さんたちに、伝わっていくのだろう。 不幸の先に幸せを探し、悲しみの中に喜びのカケラを見つける。それをみんなでかき混ぜて、大きくして、みんなで立ち上がる。幸せの波を、隣から隣へ、今から未来へと繋げていく。 その象徴だから、この踊りはこんなに楽しくて、人を惹きつけるんだろう。 そうやって生きて来たから、この世界の人間は、こんなに力強く輝いて見えるんだろう。 自分もまた、ラブに幸せを繋げてもらった、とせつなは思う。ラブが幸せをかき混ぜる、その力の強さに引き込まれた。幸せは美希や祈里からも、桃園家のおじ様とおば様からも、クローバータウンの人々や、学校の先生やクラスメートからも届いて、せつなを巻き込む、大きな渦になっていった。 私も――私からも、幸せを繋げていけるだろうか。みんなから貰ったこの幸せの渦に、巻き込まれるだけでなく、誰かを巻き込むことができるだろうか。 (そのためには、私はこれからどんな幸せを、どうやってかき混ぜていけばいいんだろう。私が繋げられる幸せって、一体何だろう・・・。) 「せーつなっ!」 いつの間にか隣にやって来たラブが、上気した顔で、楽しそうに笑いかける。 「カチャーシーって楽しいねぇ!帰ったらさ、美希たんとブッキーと、あとミユキさんにも教えてあげてさ、みんなでやろうよ。ここはひとつ、せつなとあたしが先生、ってことで!」 得意げに胸を張るラブの顔を、せつなは上目遣いでちらりと眺め、耐え切れず、プッと吹き出した。 「ラブ、あなた肝心なことを忘れてるわよ。」 「へ?」 「大輔君が言ってたじゃない、俺は沖縄出身だ、って。ということは・・・」 「そっかぁ!ミユキさんも沖縄出身なんだ。ってことは・・・うわぁ!せつな、今の無し!あたしが言ったこと、忘れて~!」 大慌てで腕を振り回すラブに、せつなはいつものように口元に拳を当てて、クスクスと楽しそうに笑い出した。 青い空に、沖縄特有の赤い瓦屋根が映える。せつなの初めての修学旅行は、残すところ、あと一日だ。 ~終~ ~第3章:癒せ!祈りのハーモニー~ Episode14:絆へ